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「孤独死を危惧し部屋を貸してくれない」高齢者に終の住み処を クリニック併設の多世代交流型住宅の挑戦


佐々木航弥映画監督・映像ディレクター

神奈川県藤沢市亀井野の集合住宅「ノビシロハウス」。1階には高齢者が、2階には大学生などの若者が住む。2階の住民は、高齢者に定期的な声かけなどの見守りをすることを条件に家賃が半額になる「多世代交流型アパート」だ。政府が進める「サービス付き高齢者住宅」(サ高住)の問題点を解決すべく、介護事業を営む「あおいけあ」の代表、加藤忠相さんたちが立ち上げた。サ高住では、年金生活者には割高な家賃を支払わなければならなかったり、認知症や末期ガンになれば退去を求められるのが実情だ。一方、ノビシロハウスでは家賃だけを支払えば、若者による見守りのサービスを受けることができる。2022年7月からは棟内に訪問診療を行うクリニックが併設され、住民が希望すれば医師の診断のもとアパートで看取りをすることも可能となった。院長は、脳外科の勤務医だった渡部寛史さん(31)。高齢者を孤立させないために、医師としてどう関わるべきか。若き医師の模索の日々を追った。

●多世代交流型アパートの新たな取り組み

ノビシロハウス亀井野は、小田急線六会日大前駅から歩いて10分ほどの場所にある。ハウス2階に住む若者には、相談相手のように1階の高齢者を支えるソーシャルワーカー的な役割を果たしてもらう狙いがある。

ノビシロハウスならではの活動が、併設するカフェに月に1度は住民らが顔を出すお茶会だ。6月末のある日のお茶会では、高齢者とその家族、クリニックの渡部院長や学生らが集まった。大学生の池本次朗さんが「大学のサークルで茶道を始めた」と話すと、高齢者が反応して盛り上がった。
「昔から茶道をやられていたみたいで、今度お部屋にお邪魔して茶道を教えてもらう予定です」と池本さん。
こうして、自然な形で住民の高齢者と若者がつながっていく。新型コロナウイルスの流行前は地域の人たちもお茶会に加わっていたという。

ノビシロハウスのオーナーの加藤さんは「高齢者も含めてお茶会をすることで、お互い顔が知れるし、何気ない日々の状態を確認できたり、地域から孤立させないことができる。ここで話題になったことで、その後の交流に発展することもある」と話す。

一方、渡部さんは高齢者との関わり方を模索中だ。
「お茶会と高齢者へのお声がけは無理なくできる状態になってきた。今は若者がそれぞれ個人プレーで動いている感じになっているが、僕もクリニックにいる住民的な立場で関わっていきたい。時には医師としての立場で医療的なサポートもしていきたい。ただ、どの程度まで僕が関わるのがいいのか……」

●独居の高齢者が家を借りられない現実

加藤さんはなぜ、ノビシロハウスを建てたのか。

「高齢者のひとり暮らしとなると家を借りられない場合が多い。認知症でトラブルを起こしたり、ゴミ屋敷にされたり、部屋で孤独死されることをオーナーが危惧して部屋を貸してくれない。そうした現実があることを知り、このノビシロハウスを建てました」

亀井野の近くには日本大学のキャンパスがあり、学生向けのアパートが多くある。ただ、近年は学生が減り、空き室が目立つ。ノビシロハウスは、家を借りられなくて困っている高齢者の増加と若者の減少とのバランスをとる狙いもある。

ノビシロハウスの1階に住む女性は、入居した理由をこう話す。

「近くのアパートの2階に住んでいたんだけど、足が悪くて階段の上り下りが大変で。いろいろと物件を探したんだけど、なかなか物件が決まらず、やっとの思いでここを見つけた。ここは段差もないし、2階の人たちともお話しできるし、快適に過ごさせてもらっています」

●厳しい高齢者のひとり暮らし

日本は諸外国に例を見ないスピードで高齢化が進んでいる。同時に祖父母と同居する家族が減り、高齢者は介護施設に入居するか、病院へ入院するか、自立して生活をすることが求められる。一方で、高齢者が部屋を借りられないケースが増えている。

こうした現状に対応するため、政府はサ高住の建設を進めている。高齢入居者に生活支援サービスを提供する賃貸住宅だ。2022年7月末現在、その数は全国で277,091戸、神奈川県だけでも14,624戸にのぼる。だが、入居できる高齢者は一部に限られる。まず問題となるのは費用だ。

ノビシロハウスを管理する株式会社ノビシロの鮎川沙代社長によれば、ノビシロハウス周辺でサ高住に入居するには最低で月15万円はかかるという。介護などのサービスを利用するには追加料金がかかり、年金では賄いきれない人がほとんどだ。また、症状が軽い高齢者しか入居ができないところが多く、重度の認知症や末期ガンなどになると退去を求められることもある。

ノビシロハウスがサ高住と違うのは、あくまでも一般的な賃貸物件であることだ。家賃も高齢者が住む1階は地域の相場とほぼ変わらない7万円で、2階の若者は高齢者の見守りを条件に半額の3万5000円となっている。入居に際しての決まりなども一切ないため、どんな症状の高齢者も入居できる。

「高齢者がひとり暮らしできない状況を知って、もともとは全ての部屋が高齢者が住める物件にしようとした。しかし、万が一のときの見守りはどうすればいいのかと考えたときに、2階に若者などに住んでもらい見守りをしてもらおうということになった」と鮎川さんは話す。高齢者への声かけの時間や頻度は、若者本人に任せられている。無理のない自然な形で高齢者の見守りを行うことで、コストをおさえることができる。

●脳外科の最先端から地域医療へ

ノビシロハウスが特徴的なのは、7月に新たに建てられた訪問診療施設「ノビシロクリニック」だ。院長を任されたのは、福井県で脳外科医として働いていた渡部さんだ。

訪問看護の事務所に訪問診療のクリニックを併設することで、高齢者を看取りまで徹底的にサポートすることができる。ノビシロハウスの住民が体調を崩せば、外来受診もできる。希望すれば渡部院長の立ち会いのもと、自宅で最期の時を迎えることもできる。医師が常に近くにいることが住民の安心につながり、病気の早期発見も期待できる。

「こうした多世代交流型の住居に訪問看護・医療の事務所が併設されているのは、おそらく日本で初めての取り組みなのではないか。渡部院長はお茶会にもいつも参加してくれている。ここまで距離が近い形で医師が見守りに参加してくれるのは心強い。住民の若者とも年齢も近く、クリニックで働く合間などで、若者から日々の見守りの状況を確認して、情報を吸い上げて把握してくれている。もし万が一のことがあったら、院長がすぐに駆けつけてくれるだろう。ノビシロハウスを作って1年でここの取り組みが注目を浴びてきたが、最後の医療というピースもそろったので、この仕組みをうまく循環して、住民の高齢者を総合的にケアしていきたい」と加藤さんは語る。

渡部さんは脳外科医時代、毎日のように手術に追われ、せわしない日々を過ごしていた。そのうちに「自分がやりたいことはこういうことなのか」と疑問を抱くようになったという。渡部さんはそれぞれの医療的立場での役割を尊重しつつ、こう語る。

「手術して、病気を治す仕事をメインにしていた。手術は成功したが、障害を持ってしまった患者さんもいる。そんな患者さんたちが、退院して地域で自分らしく過ごせているだろうかと気になってしまい、モヤモヤしていた。だから、専門医としての研修を終える直前、思い切って脳外科医を辞め、患者さんに寄り添える訪問診療をやりたいと考えた」

その矢先、ノビシロハウスオーナーの加藤さんと出会い、クリニックに誘われた。

渡部さんはある日、2階住民の池本さんから相談を受けた。1階の高齢男性の山本さんに声かけに行ったところ、「腰が痛くて玄関までも出て行きたくない。もう、お茶会に参加するのも厳しい」と伝えられたのだという。

翌日、渡部さんはそのお年寄りの部屋を訪ねた。山本さんの症状は軽くなっていたが、渡部さんは「2階にクリニックがあるので、痛み止めを出すこともできるし、気軽に相談してくださいね。2階まで上がるのもしんどいということでしたら、連絡をくれればいつでも部屋まで駆けつけますので」と語りかけた。山本さんも「それは助かる」と笑顔を見せた。

脳外科医からの転身を、自身はどう考えているのか。

「脳外科医時代は自分のモヤモヤのせいで周りの人たちに迷惑をかけてしまっていたかもしれない。でも、それはもう過ぎてしまったこと。そうした人たちに、今、ここで頑張ることで『あ、何だか生き生き頑張っているようで良かったな』と思ってもらえるように、ここでの日々を大切にしていきたい」

訪問診療を行うクリニックは日本ではまだまだ不足しているため、諸外国に比べると日本の高齢者が慣れ親しんだ自宅で人生の最期を迎えることは難しい。そうした中、多世代交流型のアパートにクリニックが併設されているのは画期的な取り組みだ。医師が身近にいることでソーシャルワーカーも医療を身近に感じ、心置きなく高齢者をケアできる。渡部さんはまた、「長期にわたる入院や、独居で社会的に孤立してしまうと認知症が進んでしまう。社会とのつながりが何よりもの認知症の予防になる」と話す。

渡部さんはノビシロハウスのこれからをこう展望する。

「まだ短い期間だが、2階の若者とも何度か食事をしたりして話す中で、何となく僕のノビシロハウスへの関わり方も見えてきた。また、将来的には僕の訪問診療の現場に2階の若者に同行してもらったり、もっと医療の現場を身近で感じてほしい。ゆくゆくは医療業界に就職などしないにしても、医療的目線を少しでも持てることで、今後の人生観であったり物の見方が変わってくると思う」

ノビシロハウスが提示しているのは、間違いなく新しいケアの形である。

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本作品は【DOCS for SDGs】にも掲載されております。
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映画監督・映像ディレクター

1992年生まれ。岩手県宮古市出身。大阪芸術大学卒業。AOI biotope所属。大学時に映画監督の原一男に師事。撮影・編集・監督をした卒業制作のドキュメンタリー映画「ヘイトスピーチ」(2015年)が座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルのコンペティションで入賞。その後、劇場公開される。その他、撮影・編集・監督をしたドキュメンタリー映画「僕とケアニンとおばあちゃんたちと。」(2019年)「僕とケアニンと島のおばあちゃんたちと。」(2022年)を劇場公開している。

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