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人口減少に相次ぐ破産——津波が襲った宮古市が取り組む、海の「色」を使った復興戦略とは #知り続ける

佐々木航弥映画監督・映像ディレクター

岩手県宮古市。2011年の東日本大震災で大きな被害を受けたまちがいま、「エターナルグリーン」に染まっている。遊覧船や商品に市独自のテーマカラーをあしらい、官民一体となって地域を盛り上げる「いいイロプロジェクト」の一環だ。仕掛け人はグラフィックデザイナーの竹村育貴さん(41)。震災時は、盛岡市の自宅で宮古を襲う津波の映像を見ていた。その人がなぜ、宮古の復興のど真ん中にいるのか?色を使ったプロモーションとはどういうものか?そのプロジェクトを追った。

(Yahoo!ニュース ドキュメンタリー)

●被災地の「外の人」の復興への挑戦

浄土ヶ浜の海の色
浄土ヶ浜の海の色

2024年1月12日、宮古駅の待合室で、「いいイロプロジェクト」のPR活動があった。同じ日に「宮古 真鱈(まだら)まつり」が開催されていたこともあり、多くの人でにぎわった。そこで緑に彩られた土産品を売っていたのが、一般社団法人「日本地域色協会」代表理事の竹村育貴さん。2年前に始まった色によるシティープロモーション「いいイロプロジェクト」の仕掛け人だ。「いいイロ」は、地域のイメージカラーを決め、そのもとで市民が一丸となって活性化しようという取り組みである。市民らから意見を募り、決めたカラーが「エターナルグリーン(永遠の緑)」。市の観光シンボルである景勝地・浄土ヶ浜の海に由来する。海と言えば、普通は青。それでも緑との意見が多く集まったのは、市民ならではの思いがあったと竹村さんは感じたという。

「浄土ヶ浜の内側の海の色は緑だってみなさんおっしゃって。震災で汚れてしまった浄土ヶ浜の海を市民たちが再生させ、その海の色がずっと維持されてきた。そこには多くの市民の誇りと努力が隠されている。その海の色を継承していくという意味も込め、『エターナルグリーン』という名前にさせてもらった」。

エターナルグリーンは、市が運営する遊覧船「うみねこ丸」や広報誌などのテーマカラーに採用され、市民の認知度も高まっている。また、商品のパッケージを地元のデザイナーや高校生とともに開発するなど、市内の事業者の販売促進にも利用されている。

●「デザインに何かできないか」竹村さんの思い

家業でデザインの仕事をしていた当時の竹村さん
家業でデザインの仕事をしていた当時の竹村さん

竹村さんは、秋田県大仙市出身。岩手大学を卒業し、家業の屋外広告でデザインの仕事を始めた。その後は盛岡市に移り、筆書きの看板職人に師事。「技能五輪全国大会」の広告美術職種で銀賞を受賞したことも。そして、専門学校の講師としてグラフィックデザインを指導していた。

東日本大震災が起きた時は盛岡市内にいた。停電から復旧した直後に目にしたのが、津波が防波堤を越えていく宮古の映像だった。

「何度か訪れたことがある場所が津波で悲惨なことになり、ショックだった。同時に同じ県内に住む人間として、何かできないかという思いに駆られた。いや応なしに同じ地域の住民なんだということを実感させられた」。

竹村さんは学生らと被災地でのボランティアに参加。その時に駆られたのが、「デザインに何かできないか」という思いだった。2014年に復興庁のコンペに応募。その時に提案したのが、色を用いたシティープロモーションだった。

今年1月には、能登半島地震も起きた。竹村さんは「とてもショッキングだった。岩手でもそうだったが、これから経済活動が再開される際に必ずデザインは必要になってくると思う。すぐに経済的効果は発揮できないかもしれないが、デザインは人をつなぐ力があると復興に携わって感じている」と話す。

また、自身のようないわゆる「外の人間」が旗を振る重要性もあるのだという。「もちろん自分も同じ気持ちで活動しているが、地元の人だけが熱い思いで動くと、空回りしてしまうケースもある。自分のような人間がそこのバランスを調整しながら、一歩引いた状態で旗を振ることも大事だと思う」。

●震災から10年以上「いいイロ」の課題とは

エターナルグリーンを使った商品
エターナルグリーンを使った商品

「いいイロ」プロジェクトは2014年から岩手県の沿岸地域で始まった。久慈市は名産の琥珀(こはく)から「アンバーイエロー」、陸前高田は「ゆめブロッサム」など、地元の名産と結びついた地域色が考案された。ただ、竹村さんが思うようには広がらなかった。「対象を企業や団体、名産などに絞りすぎてしまった。そうなると、他の人が使おうとなった際に関係性が見出せなくなる。自分たちの色だと思ってもらえなかった」と振り返る。

「地元の人間ではない自分は力になることができないのか…」。そう思っていた矢先に出会ったのが、宮古市役所の企画部、企画課の畠山善徳さんだった。「市として何か取り組みができないかと考えていた。このプロジェクトを一緒に進めてみたい」と声をかけられた。

震災から10年以上がたち、宮古市役所も課題を抱えていた。震災前は5万人を超えていた人口は、4万7000人にまで減ってきている。新型コロナウイルスの影響で観光客も減少。市が主催する「宮古鮭まつり」の来場者は、コロナ前の6000人が2023年には半分以下の2800人になった。そのあおりで、昨年には浄土ヶ浜近くの旅館や市内の水産加工会社が相次いで破産している。

畠山さんは、竹村さんに声をかけた理由をこう説明する。「人口がどんどん減少して、被災地としての注目も年々低下する中で、地域財源をうまく活用して観光客に訪れてもらわないといけないという課題があった。そのための新たな動きとして、竹村さんのプロジェクトに賛同した」

こうして2021年11月、宮古でのプロジェクトが始まった。行政と共同で進めるのは初めてだった。とはいえ、ここまで必ずしも順調に進んできたわけではない。市役所からは「県外の人にアプローチできる民間の事業者がこの色を積極的に使ってこそ、このプロジェクトの意味がある」と期待されたが、事業者の動きは鈍かった。もともと事業者の数が少ないのに加え、「ウチには関係ないから」と敬遠された節もある。

そんなところに飛び込んできたのが、「中村屋せんべい店」の店主・中村克美さんらの相談だった。「いいイロを使った新商品の開発をしたい」。竹村さんは、エターナルグリーンの製品開発が、新たな観光客を呼び込むチャンスになるのではと考えた。

●宮古の新たな名物の開発

試作として作られた緑を使ったせんべい
試作として作られた緑を使ったせんべい

中村屋せんべい店は1933(昭和8)年創業。宮古名物「いかせんべい」を中心に地元に愛されてきた老舗だ。観光客向けの「ミルクせんべい」のパッケージにエターナルグリーンを取り入れたところ、売れ行きは好調だった。「ウチは家族経営で市民向きの営業をやってきた。でも宮古の人口は減る一方で危機感を抱いていた。外の人の意見も聞いて、宮古を訪れる観光客にも手に取ってもらえるような商品を作りたかった」と中村さんは話す。

そこで考えついたのが、緑の素材を使ったエターナルグリーンのせんべいだ。これまではエターナルグリーンで包装紙やパッケージをつくってきたが、中身の開発には至っていなかった。竹村さんも作業場に赴き、色合いや味を確かめながら中村さんと試行錯誤を重ねた。

●「いいイロ」の今後

PRイベントで接客する竹村さん
PRイベントで接客する竹村さん

1月21日のPRイベントで、中村屋のエターナルグリーンのせんべいが試食品として振る舞われた。試食した盛岡からの観光客は「色合いもきれいだし、おいしい!」と、反応は上々。「小分けの袋に入れたら、お土産として配りやすい」といった意見もあり、それらを参考に中村さんとさらに改良を加えていくつもりだ。「ゆくゆくは、このせんべいを目当てに宮古に足を運んでくれる観光客が増えてほしい。現地でしか買えない、観光の目的となる商品を開発するのが目標。中村屋さんのせんべいがそうなってくれたらいい」と竹村さん。

いいイロプロジェクトを、これからどう展開していくのか。竹村さんが考えているのは、漁協と協力した海産物への展開だ。「こちらから提案しなくても、いずれは市民のみなさんが『自分たちの色だ』というように自発的に活用していってほしい。このプロジェクトが自分の手から離れる日がくれば、自分の役目は終わりだし、このプロジェクトのゴールでもある」。

その次のステップは、地域の広がりだ。

「ほかの自治体にも目を向けていきたい。『興味がある』というお話はいただいている。多くの自治体が同じような悩みを抱えていると思うし、まだまだ各地に掘り起こすべき色はたくさんある」

そして竹村さんは、こんな将来を描く。

「ゆくゆくは世界にも羽ばたけるプロジェクトに」。

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】#Yahooニュースドキュメンタリー

映画監督・映像ディレクター

1992年生まれ。岩手県宮古市出身。大阪芸術大学卒業。AOI biotope所属。大学時に映画監督の原一男に師事。撮影・編集・監督をした卒業制作のドキュメンタリー映画「ヘイトスピーチ」(2015年)が座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルのコンペティションで入賞。その後、劇場公開される。その他、撮影・編集・監督をしたドキュメンタリー映画「僕とケアニンとおばあちゃんたちと。」(2019年)「僕とケアニンと島のおばあちゃんたちと。」(2022年)を劇場公開している。

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