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東京・神田で「名古屋めし」を提唱し、鉄板ナポリタンも美味しい「なご味や五八」が年内閉店のワケ

田中健介ライター

味噌煮込みうどん、味噌かつ、ひつまぶし、小倉トースト……。名古屋の料理は独特で、旅で訪れたら来た甲斐があったと思わせるものばかりである。
これら名古屋の料理を総称して「名古屋めし」と言うらしい。

名古屋と言えばナポリタンは熱々のステーキ鉄板で供される。これは昭和32年創業の喫茶ユキというお店がイタリア旅行のお土産で購入したステーキ鉄板にナポリタンを盛って提供したのが最初とされている。ナポリタンではなく「イタリアンスパゲッティ」と呼ばれるのが一般的で、「イタスパ」あるいは「板スパ」などという愛称で親しまれている。この形のナポリタンもれっきとした「名古屋めし」だ。

1階は広島、地下が名古屋という因縁

そんな名古屋めし専門店が東京にあると聞いた筆者は、横浜の住まいから遠い夜空にこだまする竜の叫びを耳にして(したような気がして)、東京は神田へと向かった。
JR神田駅から徒歩3分ほどにある「本格名古屋めし なご味や五八」は、雑居ビルの地下にある。名古屋めしに対して、1階は「広島お好み焼カープ」というのが野球ファン的には因縁を感じる。トラや燕にちなんだものもないかと探してみたくなる。

店内に入ると「名古屋めし」とあってやはりコバルトブルーのドラゴンズカラーが並ぶ。ドラゴンズファンも多く訪れるお店のようだ。

名古屋市出身「少年ドラゴンズ」1回生の店主・山本俊夫さん

店主の山本俊夫さんが店内を案内してくれた。
山本さんは名古屋出身で水原茂監督時代(1969~1971年)あたりからのドラゴンズファン。ドラゴンズの子供向けファンクラブ「少年ドラゴンズ」の1回生という筋金入りである。

山本さん:俺らの小さい頃はやっぱり江藤慎一がスーパーヒーローだったね。当時はON(王貞治、長嶋茂雄)で打撃タイトルをほぼ独占していた時代に江藤が首位打者を獲るなどして意地を見せていたよね。

山本さんのドラゴンズ愛は止まらない。
お店の椅子を持ち上げて選手のサインをいくつか見せてくれた。

山本さん:ファンも多く来るけど、選手とかOBも時々来てくれるんだ。ノーベル賞獲った人は博物館のカフェの椅子にサインするって言うから、椅子に書いてもらったんだけど、これは、大島(洋平)かな?今年バンテリンドームは一回しか行けなかったんだけど、その一回がちょうど大島の通算2,000本安打達成の日でね。

山本さんは中日ドラゴンズ検定2級という筋金入りのファンである
山本さんは中日ドラゴンズ検定2級という筋金入りのファンである

19歳で上京、デザイン会社設立、バブル崩壊、飲食店の道へ

山本さんは大学進学を機に19歳で名古屋から上京。グラフィックデザイナーとして25歳で会社設立するが、バブル崩壊をきっかけに仕事が激減、12年後に倒産してしまう。
料理の修行経験はないものの、学生時代(名古屋・東京)から飲食店のアルバイトを多く経験し、その後も独自の料理研究を趣味で行ってきたことや、飲食店のコンサルの仕事もしていたこともあって、自ら飲食店を立ち上げようと決意したのが1997年。山本さんが40歳の時であった。ちなみに余談だがドラゴンズも長年親しんだナゴヤ球場からナゴヤドーム(現・バンテリンドーム)へ移転したのも同じ1997年である。

山本さん:1997年に東京の両国で「ごはち亭」という創作居酒屋を始めたんだ。1999年にドラゴンズが優勝した時に、明日からドラゴンズファン30%引きのキャンペーンをやるってトウチュウ(東京中日スポーツ)にFAXを送ったの。そしたらトウチュウさんが面白いって紙面にしてくれて、そこからネットの掲示板とかでも話題になってドラゴンズファンが集まるようになって。
当時串揚げ5本セットとかがメニューにあって、これを八丁味噌だれにしたらいいんじゃないかと考えるようになって、徐々に名古屋色の強いメニューが増えるようになったんだよね。

創作料理から郷里である名古屋めしがメニューに増えるのと比例してドラゴンズファンも多く訪れるようになり、2009年に今の場所に移転、「本格名古屋めし なご味や五八」という店名となって現在に至る。

山本さん:今の物件を下見しに来た時に「お好み焼カープ」の下で面白いだろうなと思って。順位はドラゴンズの方が上だしな、と思っていたら今や順位も下になっちゃってねぇ……。

「料理もデザイン」の持論が随所に表れた「名古屋めし」

「本格名古屋めし なご味や五八」のメニューを見てみよう。
みそとんかつ、手羽先唐揚げ、どて煮。これだけでも名古屋色が強い。
写真はほんの一部なので、その他は実際にお店で確認してほしい。本当に名古屋めしだらけ。

まずは手羽先唐揚げを出していただく。
筆者は名古屋の手羽先唐揚げは恥ずかしながら初体験である。
これはビールが欲しくなる(頼んでしまいました)!

山本さん:下味を付けて、粉を付けて揚げる。ここまでは普通の唐揚げと同じ要領なんだけど、特製のタレとホワイトペッパーがベースとなった特製のシーズニングで味を付けるんだ。

続いては鉄板みそとんかつである。
この黒褐色に輝く味噌だれこそが、名古屋流である。
北海道・日高四元豚のロース肉を使用し、肉と脂身のバランスが絶妙だ。

山本さん:矢場とんのパクリだけどな。ただうちの場合は関東寄りのテイストにしてる。八丁味噌に少し米味噌をブレンドしてな。だしにしても名古屋は鯖節なんかで八丁味噌に負けない濃いめのだしを取るんだけど、うちの場合は関東風のだしでさっぱりした感じで関東の人にも馴染めるようにしてるよ。
肉は少なめの100gで出してるんだ。うちは居酒屋だから、これだけでお腹いっぱいにされてもしょうがねぇからな。

山本さんは大学を出てから長くデザイナーの仕事をしてきたこともあって、「料理もデザイン」だと話す。一つ一つのメニューについて話を聞いていると、デザインで培ったものが随所に表れている。

赤ウインナー、ピーマン、卵の彩りが美しい鉄板ナポリタン

さて、本稿のメインである鉄板ナポリタンに話題を移そう。
国産スパゲッティの量産製造の元祖である日本製麻株式会社の「ボルカノスパゲッチ」の2.2ミリ太麺を茹で置きして使用している。

山本さん:名古屋は喫茶店文化も独特で深いよね。俺らの世代は小・中学生の頃から喫茶店に行ってたな。で、スパゲッティと言えばどこもこのボルカノの太麺を使ってた。名古屋には「あんかけスパ」というのもあって、うちもメニューにしてるけど、それもこの麵だね。名古屋と言えばボルカノスパゲッチ。それくらい昔から馴染みがあるな。

具は玉ねぎ、ピーマン、マッシュルームではなくシメジ。
そして赤ウインナー。赤ウインナーを用いるというのも名古屋流だ。
鉄板を熱しながら、ナポリタンを炒めていく。

熱くなった鉄板に、溶いた卵を敷いていく。これぞ名古屋流だ。

そしてその上にナポリタンを盛り付ける。

名古屋式鉄板ナポリタンの完成だ。
卵の黄色、ピーマンの緑、赤ウインナーのコントラストが美しい。

フォークでナポリタンを巻き付けると、半熟の卵が程よく絡みつく。
味付けはもちろんトマトケチャップだが、ここにだしを少し加えているのが山本さんの「デザイン」だ。

このだしの存在が良い。鉄板ナポリタンは熱々なので、ケチャップの酸味も相まって一口頬張ると咽込んでしまうことが往々にしてあるのだが、これは咽る心配がない。だしの存在がそれを和らげてくれているのだ。このだしの存在は全体を優しく包み込み、特に卵との相性が絶妙で、だし巻き卵を食べているような安心感をもたらす。

ふと、横浜・伊勢佐木町の「焼酎酒場 かっ飛ばせ和田」の店主でもあるHIP HOPアーティスト・BOBの「下町グルメレポート」という曲の一節を思い出した。

「一つだけ言わして ナポリタンは和食だ」

そう、ナポリタンは和食なんだ!

そしてこの赤ウインナーも素敵だ。日本のガラパゴスフード、万歳!

山本さん:やっぱり俺ら名古屋の人間はナポリタンと言ったら鉄板のナポリタンだよな。名古屋出身のお客さんと話していると、この鉄板は各家庭にあったみたいだね。うちにはなかったけど。

大阪ではたこ焼き器が各家庭にあるように、名古屋にもステーキ鉄板が各家庭にあり、家庭で鉄板ナポリタンや焼きそばなどを作る文化があるようだ。

年内に一旦閉店、「来季開幕までには間に合わせたい」

「名古屋めし」を東京で楽しませ続けてきた山本さんだが、「なご味や五八」は年内で閉店することを決めたのだ。
66歳になった山本さんは、今年に入り少々体調を崩し、病院で検査を重ねていたのだ。

山本さん:検査をして原因もわかったし、一時に比べて体調はだいぶ戻ってきてる。まだ5年~10年位は店をできるかなと思っているけれど、これまでの人生ずっと突っ走ってきたから、メンテナンスという意味で、少し休ませてもらおうかと。来年の(プロ野球の)開幕までには必ず間に合わせるから!

来年の春あたりを目途に都内のどこかへ移転して営業を再開する予定で、大谷翔平選手は来季は投げないが、山本俊夫さんは来季も全力投球する考えだ。

神田で味わえるのもあとわずか

そんなわけで、神田で名古屋めしを味わえる悦びも、あと半月ほどとなってしまった。
取材とは言え、名古屋めしの数々にテンションが上がり、ついつい呑んでしまった。

一番手羽先 塁に出て 二番ビールで流したら

三番鉄板みそとんかつ

四番鉄板ナポリタン

いいぞ がんばれ 名古屋めし

燃えよ 名古屋めし~~

※米は食べていませんが他意はないです。

僕もあなたも願ってる

いのる気持ちで待っている

それはひと言再開だ

「なご味や五八」の再開だ

がんばれ がんばれ 山本さん

燃えよ 名古屋めし~~

「本格名古屋めし なご味や五八」の次のステージを楽しみにしたい。

本格名古屋めし なご味や五八
〒101-0045 東京都千代田区神田鍛冶町3丁目5−1保坂神田ビル B1
https://snack-bar-4134.business.site/

※上記の店舗は2023年12月29日(金)までの営業となります

ライター

2010年3月著書「麺食力」(ビズ・アップロード)出版、2017年4月~「はま太郎」(星羊社)連載、2019年4月~リクルートHOTPEPPERグルメ「メシ通」執筆。2009年よりスパゲッティ・ナポリタン発祥の地・横浜で「日本ナポリタン学会」会長。マイクロツーリズムの楽しさを主に伝えていきます。

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