レンガに取りつかれた男 SDGsを先取りする建築とは

寺田和弘

TVディレクター

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建築寿命が欧米に比べて極端に短いといわれる日本の建築業界で、持続可能な開発目標(SDGs)が提唱されるはるか前から、長く暮らし続けられる社会を目指し設計を続けている建築家がいる。大宇根弘司(おおうね・ひろし)さん(80)。彼が主に用いるのはレンガや無垢の木といった伝統的な建築資材。「時代に抗う建築家」が、なぜいま注目の社会問題を先取りすることになったのか。大宇根さんの足跡を追った。

■レンガに取りつかれた男
「できるだけ、明るいオレンジ色で楽し気な色にしたいなと。いかにも学校らしい景色をつくろうと」
大宇根さんと共に最初に訪ねたのは山梨の韮崎小学校。2005年3月、校舎の老朽化による全面改築でレンガ積みの校舎に大宇根さんの手によって生まれ変わった。北、東、西側は一面すべてレンガだ。これは冬場に八ケ岳から吹き降ろす強風(八おろし)から守るためだという。レンガ積みといっても、建物の躯体は鉄筋コンクリート造りだ。レンガはあくまで仕上げだ。しかし単なる仕上げのためだけにレンガを積んでいるわけではないという。コンクリートの外側を断熱材で包み、その外側をレンガで囲っているのだ。夏場、校舎の屋上の表面温度は60度を超えるが、校舎の屋根裏を計測したところ27度ぐらいを保っていたという。

レンガ造りの「外断熱」の効果をよく表す事例がある。数年前に新潟で、近接して同時期に2つの小学校が完成した。1つは大宇根さんの外断熱をしたレンガ校舎。もう1つは内断熱のコンクリート校舎。2つの学校で職員室の温度変化を計測したところ、冬場、外断熱のレンガ校舎は暖房を切っても18度で下げ止まったが、内断熱の校舎は14度まで降下。また夏場も外断熱のレンガ校舎は冷房を入れると26度で、冷房を止めた夜間も27度だったが、内断熱の校舎は冷房を入れても29度で、冷房を止めた夜間は31度まで上昇した。
大宇根さんがレンガ積みと外断熱をセットで用いている理由がここにある。

レンガは重く、下から順に積み上げないといけないため、制約が多く、現代的な自由度が高い設計の建築はできない。外壁に使える良質なレンガを製造する国内工場も少なくなり、レンガ積みの職人も絶滅の危機にさらされている。それでも大宇根さんがレンガにこだわり続けているのは、建築も空調などの省エネルギー化を目指さなければならないという考え方からだ。そしてその工夫は、そのまま建築の長寿命化につながると大宇根さんは考えている。

■反骨の建築家・大宇根弘司の姿
大宇根さんははやりの建築雑誌をにぎわす建築家ではない。そのためマスメディアに取り上げられることも少ない。そんな大宇根さんが、2018年、彼の建築人生を象徴する賞を受ける。ビルのロングライフ化に寄与した既存建物に対する表彰制度BELCA(ベルカ)賞を受賞したのだ。受賞したのは1986年に完成した町田市にある「国際版画美術館」。受賞理由は、「綿密に検討された工法・材料を用いられ、30年経過の汚れを感じさせないこと」などだった。建築写真家の増田彰久さんは「多くの現代建築は竣工時が最高で、ときが経つにつれ、どんどんみすぼらしくなっていく建物が多い中、大宇根の作品は稀有な建築作品といえる」と評している。

■日本の現代建築の課題に挑み続ける
現代建築の課題の一つは建築の寿命にあると言われている。特に日本の建物は短命だ。総務省の住宅統計調査などによると日本の建物のサイクル年数は30年、アメリカは103年、イギリスは141年とその寿命に大きな差がある。去年まで早稲田大学理工学部の教授だった小松幸夫さんは日本と欧米では「建物に対するマインド」に下記のような大きな違いがあるという。

・日本では、建物の価値はいずれ無くなる→メンテをしない→価値が下がる
・欧米では、建物の価格は維持されるはず→メンテを頑張る→アンティークとして価値が上がる

日本の建築は、価値が下がった結果、次々と建て替えられていくというサイクルにある。

1995年の阪神・淡路大震災では多くのビルや建物が倒壊した。倒壊した建物の中には欠陥住宅が多くあった。こうしたこともあり、1年後、被災地神戸で弁護士らによる「欠陥住宅被害全国連絡協議会」(別名:欠陥住宅全国ネット)が結成された。長く代表幹事を務める吉岡和弘弁護士は大宇根さんを評価する一人だ。「欠陥住宅を引き起こす原因の一つは、安くてもいいという風潮です。大宇根さんはそれに抗い、建築のあるべき姿を設計する建築家で、彼の設計した数々のレンガ建築がそれを証明しています」

今、ほとんどの建物には、新建材と呼ばれている新しい素材や技術を用いて作り出された建築材料が使われている。しかし、大宇根さんはレンガなど伝統的な建築資材にこだわっている。
それは師匠・前川國男さんとの出会いにある。

■日本のモダニズムの巨匠・前川國男の苦悩
1941年、静岡の藤枝市で生まれ育った大宇根さん。子どもの頃から絵を描くのが好きだったが、絵で食べていく自信はなかった。建築ならなんとかなるかも知れないと、東京大学工業部建築学科に入学。卒業後、大宇根さんが門をたたいたのが、日本のモダニズムの巨匠・前川國男さんの事務所だった。

前川國男さんはル・コルビュジエの元で学び、その後アントニン・レーモンドの事務所を経て1935年に独立。昭和期の近代建築運動の主導者として活躍した。敗戦後の復興を担う鉄筋コンクリート構造の可能性を追求。装飾を排除したコンクリート打ち放しの建物を次々に造っていくが、次第にそれに疑問を抱くようになる。大宇根さんが前川さんの事務所に入ったのは、そんな頃だった。
「前川先生が60歳の時に、先生の事務所に入れてもたんですけども、その時に先生がぼやいていらっしゃったのは『コンクリートというのは本当に厄介だ。汚れる、傷む、なんとかならんか』と」

その後、前川さんがたどり着いたのが、コンクリートに大型のタイルを直接、打ち込む工法だった。しかし、打ち込みタイルにも現場での工事管理の難しさなど様々な課題が出てきた。そのため、工場であらかじめ製造されたプレキャストのパネルを取り入れたが価格が高騰。こうした中、大宇根さんが注目したのがプレキャストのパネルよりも価格の安いレンガだった。
「鉄筋で補強するレンガというのがあり、国際基督教大学の博物館の外壁に使ったら現場も上手くいくし、外断熱もできる」大宇根さんのレンガ人生はここから始まった。

■レンガへのこだわり
大宇根さんが使用するレンガには工夫がある。その一つは大きさだ。通常の規格(長さ210ミリ、高さ60ミリ)よりも少し大きい、長さ235ミリ、高さ70ミリというサイズで作られている。レンガとレンガの間を接着するモルタルの幅を15ミリにすることで、長さ250ミリ、高さ100ミリとなり、効率的にレンガを積んでいける。こうした努力を重ねることで、積むレンガの数を減らして、職人の手間を減らすと同時に、部材費も減らして、工費を抑えている。

■美しく、長持ちする建物を目指して
大宇根さんの事務所で、いま取り組んでいるプロジェクトの一つに埼玉県横瀬町にある横瀬小学校の新校舎建設工事がある。横瀬小学校は明治5年に開校。昭和8年に現存する木造2階建ての校舎が、昭和35年に鉄筋コンクリート3階建ての校舎、昭和48年に鉄筋コンクリート4階建ての校舎が建てられた。
今回の建設計画は、木造の校舎は残し、2棟のコンクリートの校舎を取り壊し、建て替えるというものだ。

大宇根さんの事務所はこの設計業務を、プロポーザルと呼ばわる企画提案方式で受注した。多くの公共工事の場合、最低価格を提示した業者が選ばれる入札方式が取られているが、価格の安さだけが評価となるため、それではまともな設計業務はできないと大宇根さんは入札制度の廃止を求めてきた。こうしたこともあり大宇根さんの事務所は入札には参加せず、プロポーザルやコンペに応募して、仕事を受注するスタイルをとっている。
大宇根さんはプロポーザルに応募する際に、横瀬小学校を見に行った。最初に目に着いたのが木造の校舎だった。「これは残さなければならない」。横瀬町の人々と思いが一致した。

「木造校舎は懐かしいだけでなく、非常にしっかりできていて、室内の床、壁、柱など非常にきれいに使われてますね。みんなが愛着を持つ気持ちが分かります。日本の近代建築は非常に短命ですので、そういうことにならないように長くみんなに大事に使い続けてもらえるようなそういう学校を造りたい」

予算の関係もあり、全面レンガにすることはできないが、雨に打たれやすい部分をレンガで守り、内装には横瀬町の町有林の杉やヒノキをふんだんに使うことにした。横瀬小学校の新校舎は2023年3月に完成する予定だ。

■見えてくる日本の建築への課題
大宇根さんは横瀬小学校の改築工事から日本社会の課題が見えていると指摘する。
「日本では4・50年ぐらいで壊されちゃうでしょ。だからいつも建物が現在形なんですよ。過去のものがないから。ヨーロッパの町に行くと、100年も200年の前の建物が日常生活の中に入ってきていますから。そういうところで育ったら歴史を当然、考えざるを得ないでしょう」
いま大宇根さんの師匠・前川國男さんが設計した建物も老朽化を理由に次々と壊されていく。建築は街の記憶装置といわれ、その時代を表す象徴でもあるが、経済活動の一装置にすぎないと見なされて、取り壊されていく。大宇根さんは、造るだけでなく建物の保存、活用も強く訴えている。

クレジット

撮影 寺田和弘、藤田和也
編集、ディレクター 寺田和弘(パオネットワーク)
プロデューサー 井手 麻里子

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