ドキュメンタリー

「あたしが生きていいか」難病ALSの患者と家族が迫られた、命をめぐる2回の“決断”

内田英恵

映像作家

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人工呼吸器を付けて生き抜くか、そのまま最期を迎えるか――。難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症したある患者が、症状の進行で呼吸困難になり意識不明に陥った時、家族は決断に迫られた。「母は『(ALSの父に)呼吸器を付けてください』と医師に言ったけれど、僕は親父が以前『呼吸器は付けない』と言っているのを聞いていた」。49歳でALSを発症した父宏さんを、母公子さんと共に30年近く支えてきた長男の塚田学さん(55)が、決断の時についてそう話す。京都で起きたALS患者に対する嘱託殺人の事件で、医師2人が起訴されてからまもなく1カ月。事件は社会に大きな衝撃を与え、「ALS」にも改めて注目が集まっている。塚田さん家族は、宏さんの闘病生活をどんな思いで生き抜いたのか。ALS患者と家族にとって「生きる」という選択はどういうものなのか、改めて考えてみたい。
(この映像作品は2008年制作『動かない体で生きる私の、それでも幸せな日常』、2014年完成の『あした生きるという旅』に収めたフッテージから、塚田さんご夫婦の対話にフォーカスし再編集したものです)

<49歳で突然発症したALS 「最後まで生きる」という選択>
「これ以上の男はいないんじゃないかってくらい理想。思いっきりキザな人だった」。一人息子で、ヘルパーとして働く学さんは、父宏さんの生きる姿についてそう語る。「しんどいこともあったけど、自分の楽しめる範囲で、やりたいこと・やるべきことは全部やったと思う。体調崩しながらも、とりあえず最後まで生きた」。2013年、79歳で宏さんは永眠した。学さんが「最後まで生きた」と言うのは、他方には「最後まで生きない」という選択肢が身近にあったからだ。塚田さん一家は闘病生活を、どのように生き抜いてきたのだろうか。
多くのALS患者がそうであるように、宏さんに「その時」がやってきたのも突然だった。49歳の頃から、ふとした瞬間に足に力が入らず、転倒することが増えた。検査を重ねても原因が判明しない日々が続き、51歳の時に分かった病名が「ALS」だった。妻の公子さんが42歳、1985年のことだ。
ALSは、脳から筋肉に指示を出す運動神経がうまく働かなくなるために体の自由が利かなくなっていく神経難病だ。発病当時学さんは大学生だったが、中退して介護福祉士の資格を取得し、母と共に宏さんの「挑戦」を支えてきた。

<生き抜くか、最期を迎えるか 本人の意思を聞けない中での決断>
病名の告知を受けてから半年ほどが経ち、人工呼吸器の装着について医師を交えて「正式な意思共有をしておこう」と家族で話し合っていた。個人差はあるものの、進行すれば発症から2~3年で呼吸筋が動かなくなり、自力呼吸が難しくなるためだ。意思共有をする日程も決めていた矢先、宏さんが呼吸困難で意識不明に陥った。本人の意思を直接聞けない中で、人工呼吸器を付けるか、そのまま最期を迎えるのか――。
公子さんは「付けてください」と訴えた。しかし学さんは以前、「付けない」と宏さん本人が言うのを聞いていた。「親父は母には言っていなかったかもしれないし、母が絶対生きて欲しいとしか思っていなかった可能性もある。母に『親父はそれでいいのか?』っていう話をしたけど、僕が判断できることではなかった」と学さんは振り返る。その後、呼吸器は装着された。
学さんは「(父の話を家族に)伝え切れていなかったことが気になっていた」。実際、意識が戻った時に呼吸器に繋がれていた宏さんは、「死にたい」という気持ちを抱いたという。他方で一度気管切開をして挿管された人工呼吸器は、法律上外すことができない。改めて家族と医師、宏さん本人による対話の場が設けられた。
学さんは当時をこう振り返る。「気管切開するに当たって、呼吸器を付けちゃうと外せない、そうすると死ねないっていう説明があった。でも死にたいっていう希望があれば選択肢もありますという話を、その時に、それは正式に言われた。『周りが全部話をできていて協力体制ができていれば、そういうことも可能です』と」。宏さんはせっかく生かしてもらった命だからと、「必要とされる患者、世の中の役に立つ患者になろう」という生きる意思を家族に伝えた。
それ以降、宏さんが「死にたい」と言うことはなくなった。担当の看護師が帰宅する際にも「バイバイ」でなく「また明日」と言ってくれるよう自ら頼んだという。「今」を最後の瞬間にしないために、常に人や社会と繋がっていられるようにと、自分の生きる道を切り拓いていくようになった宏さんの姿を、学さんは「『俺のおごりだ、付いてこい』というイメージ」と見守っていた。
退院し在宅で暮らすこと、映画鑑賞や美術館巡り、国内旅行、海外旅行……。公子さんが何かしたいと言えば、その希望を叶えるのが宏さんだ。一つずつ方法を探しては実現させた。学さんは「本人のやる気と、家族がその人と一緒に生きていきたいっていう強い意志がなければできなかったと思う」という。

<「ロックトイン」の前に 2回目の“決断”を巡って宏さんが伝えた言葉>
筆者の私が塚田宏さんと出会ったのは、宏さんが74歳の2008年だ。闘病歴はすでに20年を超え、頭のてっぺんから足のつま先まで動かせず表情も作れない状態だった。目の動きだけが唯一のコミュニケーション手段だ。五十音順のひらがなと数字が並ぶ透明ボード「文字盤」を宏さんの目の前にかざし、ボードを挟んで目と目が合う位置にある文字を読み取ることで会話をする。
取材を始めた当初から、塚田さん家族には笑顔が絶えなかった。夫婦喧嘩をした際に「『出ていけ、離婚だ』と(宏さんが)言うのを私が読むのよ」と公子さんが笑って話していた。
しかし最初の撮影から2年が過ぎた頃、「正式な対話」を再度するべきステージが迫っている、という危機感を公子さんが抱き始めていた。ALSでは眼球運動は侵されにくいとされるが、取材当初は機敏に動いた宏さんの眼球の動きはその頃、明らかに鈍ってきていた。唯一残された眼球の動きが奪われれば、意思疎通の手段を全て失った「ロックトイン(totally locked-in)」と呼ばれる状態になる。その時に本人がどうしたいのか、事前に聞いておく必要があった。2012年1月、医師も同席し、夫婦で話し合った。
公子さんが文字盤で宏さんと目を合わせ、一文字ずつ確認し、文字が少しずつ文章になっていく。「あたしがいきていいかきく」――。伝わってきたその言葉は、公子さんが望んだ内容ではなかった。「私が死んだほうがいいって言ったら死ぬの?そうじゃないでしょう。私に託すのは卑怯だわよ。私は何でも耐えるから」。公子さんは宏さんの目をまっすぐ見てそう返した。
生きると決め、その思いを揺るがすことなく突き進んできた宏さんが伝えた言葉。「想像もしていなくて、いきなり言われたから、思いが逆さだったの」。そう話す公子さんは、それでも前向きだった。「でも、何があってもね、こんなことを『話し合える』ってことが最高です」
学さんはこう話した。「意思を表に出すことはできなくても、最後まで生きて欲しいっていう思いはあった。仮に医者にとって『ロックトイン』でも、僕らには『ロックトイン』じゃない場合がある。目のほんのわずかの動きとか、皮膚のシワの動き。ほんのちょっとの動きだから、一つの動き見るのに5分かかると医者にはできない。でも家族にはできる」。宏さんはその1年後、体調を崩して入った入院先で心不全を起こし、1カ月後に息を引き取った。高齢になりいくつかの疾病も抱えていた。学さんは亡くなる間際の1カ月の思いをこう語った。「段階的に危ない方向に走っていたから覚悟を決められた。亡くなるまでの時間をくれたっていうのは、僕はすごく助かったかな」。宏さんは最後まで、眼球の動きを失うことはなく、家族から対話が奪われることはなかった。

<「共通認識づくりと信頼関係」今も患者に関わる学さんの、ALSとの向き合い方>
宏さんの最期を見送った後、公子さんは自身の経験を講演などで語る活動を始めた。「病気が治ったら何がしたいか、という質問に、(宏さんは)『一人静かに一人旅』って言ったんですね。失礼しちゃうでしょ」と会場の笑いを誘った。その公子さんも、2018年に他界した。
30年にも及ぶ父宏さんの闘病生活を共に歩んできた学さんは、現在も在宅のALS患者の方のもとでヘルパーとして働いている。ALSの患者に家族や周囲の人たちはどう向き合えばいいのか、学さんの考えを聞いた。「生きると言う選択。死ぬと言う選択。どちらにしても欠かしてはならないのは、患者本人と家族と医師、三者での対話だと思う。ケアする人たちも含めて共通の認識ができていることが最初の段階だから。まずは患者と患者家族との関わりがどれだけ密接にできているか、その信頼関係が大切」
そして、「ALS」と共に生き抜くという決断を自身の家族がしたことを、いま学さんはこう振り返る。「たとえば親がALSだと子どもが犠牲になってしまうっていうけど、それは犠牲じゃない。僕には生きるための糧になった。うちの場合は、患者に必要なことと、どういう風にやれば家族が生きていけるかっていうことを常に親父も一緒に突き詰めてやってきた。楽しくやってたよね。最期の時は、僕は腹を決められたけど、母は絶対生きて帰すんだっていう気持ちでいたね。(宏さん)本人も、もう少し長生きしたかったと思う」

クレジット

監督:内田英恵
音楽:田辺玄
協力:塚田学

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