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「必要なのは情報」難病ALSでも生きる喜びをーー母を思う19歳の決意#病とともに

内田英恵映像作家

もっと早いうちに情報を得ていたら、何かが違っていたはずだ――。母親が筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘っている南光開斗(なんこう・かいと)さん(19)には、こんな後悔がある。8年前に発症した母は1年ほどで話すことが難しくなり、やがて意思を明確に伝える手段を失ってしまった。そんな母とコミュニケーションをとる手段はほかにもあったと南光さんが知ったのは、そうなった後でのことだ。そんな自分と同じわだちを踏ませぬよう、南光さんはいま病気や障がいなどあらゆる困難に直面した人が解決の糸口を探せる情報プラットフォームを作ろうとしている。「自分が出会えなかった情報を、そこで見つけてもらいたい」。そんな思いを胸に歩み始めた若者の挑戦を追う。

●家族を突然襲った「事件」

アルバムの中に見つけた、南光さん(当時4歳)と母のツーショット写真
アルバムの中に見つけた、南光さん(当時4歳)と母のツーショット写真

南光開斗さんは、公務員の父・和幸さん(52)と看護師だった母・淳子(53)さんとの間に生まれ、兄、妹とともに兵庫県宍粟市で育った。2023年春、東京の大学に進学し、福祉系の学部で社会福祉と地域づくりを学んでいる。

「母はすごい忙しくて。仕事もめっちゃ頑張るし、家事もして」。そんな母の癒しの時間は、帰宅後に用意しておいたおつまみを出し、朝ドラの録画を見ることだったという。その母がALSを発症したのは、南光さんが小学5年生の時だ。感覚や思考は保たれたまま、全身が次第に動かなくなっていく難病。母の体は心配だったが、治らない病気だとは思いもしなかった。ところがある日、学校から帰った兄が1通の手紙を偶然見つける。そこには「延命しない」という母の意思が書かれていた。母自身が救急隊員に向けて、万が一の時のために用意したものだった。

●ALS(筋萎縮性側索硬化症)は余命3年なのか

母がALSを発症した2015年のカレンダー(家族写真は前年11月に撮影したもの)
母がALSを発症した2015年のカレンダー(家族写真は前年11月に撮影したもの)

ALSは国の「指定難病」の一つで、国内に約1万人の患者がいる。運動をつかさどる神経の障害により、全身の筋力が徐々に衰えていく。一方、皮膚の感覚、内臓の働き、視力や聴力、思考力は保たれるとされる。発症から約3年で呼吸筋がまひするため、およそ3年の余命と言われてきた。気管を切開して人工呼吸器をつければ、それ以降も命をつなぐことができる。国内の患者の約3割が、人工呼吸器をつけている。

「延命しない」という母の言葉は、人工呼吸器はつけないとの意志表示だった。「迷惑をかけるから」という思いからだが、母はその後、インターネットでさまざまな情報を調べていった。「生きてほしい」という家族の願いも届き、生きることを決めた。

●失った母とのコミュニケーション

母の介護の経験から、声を届けたくても届けられない相手に耳を傾けることの大切さを書いた作文と挿絵
母の介護の経験から、声を届けたくても届けられない相手に耳を傾けることの大切さを書いた作文と挿絵

気管切開をする前から、母との会話は難しくなっていた。指先のわずかな動きによるスイッチ操作で文字を入力する「伝の心(でんのしん)」という装置を使い始めたが、「1文を入力するのに2時間かかった」という。意思疎通に時間がかかり、気づけば深夜の零時を回っていたという毎日だった。

指先の動きにも限界が見え始めた頃、視線の動きで操作できる「視線入力」という方法を知った。だが、もはや母には目を十分に動かす筋力は残っていなかった。いまでは「はい」「いいえ」の読み取りさえ難しくなった。

そんな母の姿を見て、南光さんには母に適したコミュニケーション方法をもっと早くから検討していたら、もう少し何かが違っていたのではないかという思いが拭えない。「夜寝る前とかに毎日のように思うんですよね」と悔しさが残っている。

●共創型総合情報プラットフォーム構想

共創型総合情報プラットフォーム「Infora(インフォラ)」の設計を説明をする南光さん
共創型総合情報プラットフォーム「Infora(インフォラ)」の設計を説明をする南光さん

南光さんが直面したコミュニケーションの難しさは、ALS患者とその周囲に共通の悩みでもある。方法の選択やそのタイミングの難しさに加え、対応できる人材の確保という課題もある。だが、南光さんがそうした情報を得ることは難しかった。

地域の保健所や難病支援センターなど、患者や家族が直接関わる機関からは公的サービスに関する情報を教えてもらうことができた。一方、民間が開発した視線入力の新しい技術などについては、自ら調べるほかない。だが、目の前のことに必死な当事者や家族は不安や混乱、疲労の中にあり、どこをどう調べればいいのかも分からない。

こうした状況に苦しむ人たちの役に立ちたいと南光さんが考えたのが、新しいウェブサイトの立ち上げだ。インフォメーションとインフラを掛け合わせて「Infora(インフォラ)」と名付けた。めざすのは、困難に直面した人がその解決につながる情報に出会える「共創型総合情報プラットフォーム」だ。公的機関からは得られにくい民間の「社会資源」をそこにまとめる構想だ。

ここでいう社会資源とは、社会福祉の中で利用できる制度や人材、サービス、機材・技術、知識、ネットワークなど、あらゆる資源の総称だ。それらの情報を得られるかどうかによって、その後の生き方や、生きる意欲にも影響すると南光さんは考えている。

インフォラの設計で重視するのは、必要な情報を見つけやすくすることだ。まずは情報の種類を3つのセクションに分類する。「テクノロジーと民間サービス」では、視線入力装置など民間の最新技術や、施設、介護サービスなどを紹介する。「コミュニティー」では、当事者や家族が交流できる場の情報を提供。「外部の情報サイト」では病気の詳細など社会資源以外についても調べられるようにする。使い勝手がよくなるように、「寝たきり」「ヤングケアラー」といった言葉でセクションを横断する検索もできるようにする計画だ。

もうひとつ、南光さんが力を入れたいセクションが「ストーリー」だ。困難を乗りこえてきた人たちを南光さん自身が取材し、その歩みを紹介する。そこから得られる情報もまた、生きるためのインスピレーションを届ける社会資源の一つだと考えるからだ。

●ALS当事者との出会いで得た心のきらめき

ALS当事者の岡部宏生さんの自宅を訪れ、挨拶をする南光さん
ALS当事者の岡部宏生さんの自宅を訪れ、挨拶をする南光さん

こうして南光さんが訪れたのが、東京都江東区に住むALS当事者の岡部宏生さん(65)。介助者育成の事業を立ち上げ、理事長を務めている。岡部さんがかつて日本ALS協会でコミュニケーション支援の普及に取り組んでいたときに認識したのが、介助者不足という課題だった。自ら経験した介助者を確保する苦労は、生きるために人工呼吸器をつけるかどうかの決断に直結していた。「生き方がすごい、かっこいい」。岡部さんの話を聞いた南光さんは、葛藤を抱えながらも前に進む岡部さんの姿に、興奮を隠せない様子だった。

同じく東京で暮らす酒井ひとみさん(43)にも、会って話を聞くことができた。南光さんと同世代の2人の子を持つ母親だ。酒井さんは、身体の異変に気づいてからALSの確定診断が出るまでに、2年以上もかかったという。「自分で情報収集をしていたのですが、それがとても大変だったのを覚えています」。南光さんが事前に送っていた質問に、こんな答えを用意していた。南光さんが驚いたのは、生きがいを尋ねた質問への答えだった。「家族と一緒にいることと、(好きなミュージシャンの)ライブに行くことです」。南光さんは、闘病中でもライブに行けるとは思ってもみなかった。もしかしたら、母が好きな星野源のライブにも行けるかもしれない。「今度ライブがあったら、誘ってみたいと思います」。南光さんは酒井さんに、こう告げた。

●日本の福祉の情報基盤を目指す

未来へのビジョンを語る南光さん
未来へのビジョンを語る南光さん

南光さんには、インフォラの先に描く未来へのビジョンがある。それは、誰もが「心のきらめき」を持って生きることができる社会の実現だ。心のきらめきとは、喜びや感動であり、ふとした瞬間の何気ない幸せである。体の自由がきかない毎日であっても、ひとつでも心がきらめく瞬間を得られることが、生きる上で必要だと考える。それは南光さんが母に最も届けたいものだ。

南光さんは、「ストーリー」から届ける情報の中にこそ、心のきらめきを得るヒントがあるのではないかと感じ始めたという。一生懸命に生きようとする人の姿を知ることが、自らの心のきらめきをかなえるために背中を押してくれると思うからだ。

10月中旬、南光さんにうれしいメールが届いた。夏に応募した日経ソーシャルビジネスコンテストのファイナリストに選ばれたのだ。2024年1月の最終審査会に向け、コンテストの担当アドバイザーのサポートを得ながら事業案に磨きをかけている。スタートアップ資金獲得への期待も膨らむ。

構想を得てから相談に行った先では、ウェブサイトで情報を届けようとする試みはこれまでにもあったという指摘もあった。だが、それらの情報が最も届けたい当事者までたどり着かないことが、最後までこえられない障壁になっていた。南光さんは自身の経験から、それを突破するカギとなるのは公的機関との連携だと考えている。「やがてはインフォラを国や自治体の機関が導入する福祉の情報基盤にしていきたい」。そんな思いを胸に、インフォラ開設に向け一歩ずつ進み続ける。

「まだ序の序の序の段階だと思うけれど、生きることに優しい社会にしていきたい」

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「#病とともに」はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。人生100年時代となり、病気とともに人生を歩んでいくことが、より身近になりつつあります。また、これまで知られていなかったつらさへの理解が広がるなど、病を巡る環境や価値観は日々変化しています。体験談や解説などを発信することで、前向きに日々を過ごしていくためのヒントを、ユーザーとともに考えます。

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本作品は【DOCS for SDGs】にも掲載されております。

【DOCS for SDGs】他作品は下記URLより、ご覧いただけます。

https://documentary.yahoo.co.jp/sdgs/

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映像作家

1981年東京生まれ。東京とロサンゼルスで映像制作を学び、帰国後映画制作会社勤務を経て独立。放送・プロモーション・商用映像などの制作に携わる一方で、映像制作経験を活かしたプロボノやドキュメンタリー制作に取り組む。代表作に『世界は布思議~布のおはなし~』シリーズ(後にWOWOW番組化)、長編ドキュメンタリー映画『あした生きるという旅』(SKIPシティアワード受賞他複数の映画祭にて受賞・入選)、他に『こども哲学-アーダコーダのじかん-』、短編作品『動かない体で生きる私の、それでも幸せな日常(短編)』など。

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