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茶室の窓から新国立競技場を望む――建築家・藤森照信が作る「日本のおもてなし」

柿本ケンサク映像作家/写真家

日本を代表する建築史家で、45歳の時に建築家としてデビューした藤森照信。宙に吊るされた茶室「空飛ぶ泥舟」や、小山のような「多治見市モザイクタイルミュージアム」など、見たことのないような建築を作り続けてきた。自然素材を使い、自然と一体になった建築は、その作風から「縄文建築」ともいわれる。

藤森はこの夏、東京・千駄ヶ谷に、芝で覆われた小さな茶室「五庵」を設置した。茶室の窓から、新国立競技場が見える。ユニークな茶室はどのように作られたのだろうか。

●日本独特のおもてなしとは

「五庵」は、「パビリオントウキョウ2021」というプロジェクトのために制作された。この企画は、新国立競技場周辺を中心とする複数の場所に、建築家やアーティストが建物やオブジェを設置する試み。オリンピック、パラリンピックが開催される9月初めまでの間、新たな都市の風景を提案する。プロジェクトの中心人物は、和多利恵津子と和多利浩一。現代アートの私立美術館・ワタリウム美術館を運営してきた2人だ。

当初は2020年に開催予定だったオリンピックに合わせて計画されていた。海外からたくさんの観光客も訪れるはずだった。

「お話を聞いた時に、とても面白い企画だと思いました。日本の建築家が世界的に注目されているなかで、オリンピックの機会に日本の建築界を示すことができる。パビリオンで、小さな仮設として見られるのが面白い。ヨーロッパでは、美術館が建築家に小さな建築物を作らせるということをごく普通にやっています。日本ではあまり例がないし、オリンピックの周りでやるのもいい」

故郷の長野県茅野市には藤森の建築物が多数あり、海外からも多くの人が見学ツアーにやってくる。とりわけ注目されるのが、3つの茶室だ。高床式住居の発想をもとに作られた「高過庵」は、高さ6メートルの木の幹の上にぽつんと佇むツリーハウス。一方、「低過庵」は竪穴式建築のように半分地中に埋まっていて、屋根が開いて空が見える。そして、「空飛ぶ泥舟」はワイヤーで宙に吊るされ、窓から八ヶ岳を望む。

茶室について、藤森はこう語る。

「茶室は、小さな建物をその人(客)のためだけに作るんですよ。それが日本のおもてなし。海外から来た人に、茶室のおもてなしを見てほしい。ああいう狭い空間で人をちゃんと迎えるというのはないんですよね。日本独特のもてなし方です」

正統派の茶室を作ろうとは考えていない。

「正統派の茶室は、京都に行けばたくさんあります。それに、正統派を見せると、『ああ、日本だね』と納得して、そこで止まってしまう。フジヤマ、サクラと同じになる。私が障子や竹、畳を使わないのは、そういう理由です。ブルーノ・タウトは障子と竹を好んだんですよ。タウトから見ると、こんな面白いものはないと思うんだけど。そこがちょっと、独特な落差ですよね」

●高さがもたらす「別世界性」

伝統的な日本建築ではなく、日本文化の味わいを見せる。「五庵」も独創的な茶室だ。

千駄ヶ谷のビクタースタジオ前、車が行き交う道路沿いに、芝で覆われた不思議な建造物が現れる。緑色の台形の上に、大きく窓の開いた黒い小部屋。道行く人が「なんだろう」と覗きに来る。巨大な新国立競技場を前に、ここだけ違う空気が流れている。

「茶室って、別世界性が必要なんですよ。私は高さが好きなんですよね。やっぱり高さが必要で、高いところに暗いなか上がっていってみると、景色が違って見える。それは高過庵で経験したこと。窓という額縁の効果もあります。窓から正面に競技場が見えて、他の景色は消える。そこでお茶をいただく」

1階の丸い小さな出入口から待合に入り、2階の茶室へ梯子で上る。この梯子は「にじり口」の再解釈だ。暗くて狭い場所から、茶室という別世界へ誘う。目線の高さは4メートルほど。立礼(りゅうれい、テーブル式)であることも特徴の一つで、4畳半の茶室にテーブルと椅子がある。

「狭い空間にテーブルと椅子を入れると、上と下が分離する。テーブルから上と天井で一つのボリュームを考える。そうなると、テーブルがものすごく重要なんです。面白いことに、建築家は椅子のデザインに対する関心は高いけれど、テーブルにはほとんどないんですね。今回は、テーブルに力を入れています」

信州の栗の木を継ぎ合わせ、節や割れや歪みを生かしたテーブル。そのテーブルに穴をあけて、炉を入れたり、水盤を埋めて植物を活けたりしている。白い天井は黒い炭の小片で飾られ、5色の和紙で包まれた照明がほのかに空間を照らす。都会の真ん中に憩いの場ができあがっている。

和多利恵津子は、今回の企画に関してこう話す。

「1964年のオリンピックの年、ひょっこり変わったものができて、街が変わっていくぞ、という興奮みたいなものがあったんです。今回のオリンピックではそういうものがない。あそこに変なものがあったな、という記憶を街の子どもたちに体験させてあげたい。あの辺に、こんな茶室がにょきにょき生えていたよ、というような」

●茶室は人間のように自分の名を持つ

藤森は、「五庵」にこんな文章を寄せている。

「東京オリンピックに合わせて茶室を作ろう。茶室は世界にも類を見ないビルディングタイプとして多くの人に見てもらいたい。400年前に定形化した伝統的茶室もいいが、フリースタイルの茶室のほうが建築的面白さは大きい。

フリースタイルの茶室をこれまで日本と世界でいくつも手がけてきたが、せっかくだから何か一つ新しいことをしよう。そう考えて思い到ったのは、地面が小さくポコッと隆起した上に載るテーブル式の茶室。

地上に穿たれた小さな入口から潜り入り、暗い中を潜って茶室に上がると、視界が開け、オリンピックの巨体な競技場と東京の街の一画が見える。

夜になって明かりが灯ると、茶室というより大きな灯籠のような働きをするだろう。

茶室本体はJパネルで作り、外側は焼杉を貼っている。炭という物質は土と並んで究極の建築材料にほかならない。なぜなら、すべての有機物は炭に帰るし、すべての無機物は風化の果てに土に至るからだ。

室内の壁にはJパネルが露出するが、天井にはJパネルの上に漆喰を塗り、その上に砕いた炭の小片を貼って仕上げる。外にも炭、中にも炭。

この茶室は立礼(りゅうれい テーブル式)だから、テーブルが大きな見せ場となる。信州の山から伐り出した栗の厚板を何枚も継ぎ、節や割れや歪みを積極的に生かして自然の木の持つ野性味を表立たせる。そしてテーブルに穴をあけて炉を入れ、水盤を埋めて花を活ける。火と水は、400 年前に利休が茶室というビルディングタイプを創った時からの良きコンビ。

建築には珍しく茶室は人間のように自分の名を持つ。 “五庵”」

クレジット

出演:藤森照信
監督:柿本ケンサク
撮影:柿本ケンサク/小山麻美/関森 崇/坂本和久(スパイス)/山田桃子(DP stock)/岩川浩也/飯田修太
撮影助手:荒谷穂波/水島陽介
編集:望月あすか
プロデューサー:金川雄策/初鹿友美 
ライター:塚原沙耶  
Special Thanks:C STUDIO

映像作家/写真家

映像作家・写真家。映画、コマーシャルフィルム、ミュージックビデオを中心に、演出家、映像作家、撮影監督として多くの映像、写真作品を手がける。柿本の作品の多くは、言語化して表現することが不可能だと思われる被写体の体温や熱量、周辺に漂う空気や気温、 時間が凝縮されている。一方、写真家としての活動では、時間と変化をテーマに作品を制作。また対照的に演出することを放棄し、無意識に目の前にある世界の断片を撮り続けている。2021年トライベッカフィルムフェスティバルに正式招待作品に選出。グローバルショーツではグランプリを受賞。ロンドン国際フィルムフェスティバル、ソノマフィルムフェスティバルにて優秀賞受賞。

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