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看板をはずしたのは常連客のため。 福岡の豚骨ラーメン店「博多 元気一杯!!」が20年以上愛される理由

上村敏行ラーメンライター

皆さん、濃い豚骨ラーメン啜ってますか? 福岡を拠点に活動しているラーメンライターの上村です。Yahoo! クリエーターズとして全国のラーメン情報をお伝えする本連載。今回は、福岡市・下呉服町にある語り草店、“あの!”「博多 元気一杯!!」の話をしましょう。

最初に言っておきますと、「博多 元気一杯!!」は本当に特別な店です。元来、万人向けではなく、ごく一部の客のために開かれた看板のない“限定”ラーメン店。

1999年に開業し、僕自身は2002年に訪れたのが最初ですが、20年の時を経た今ようやく、この店の真髄に“一歩だけ”踏み入れられたような。そういう感覚です。

同店がもつ数々の逸話。すべては創業時から通う常連の思い、店主が客に対して掲げていた“お断り”を紐解いて理解する必要があります。ぜひ最後までご覧ください。

上村敏行。2002年からラーメンライターとなり各メディアで執筆。その活動は英・ガーディアン紙、独・ZDFでも紹介された。「九州の豚骨ラーメンが最強」を掲げる「RAMEN WONK KYUSHU」主催。
上村敏行。2002年からラーメンライターとなり各メディアで執筆。その活動は英・ガーディアン紙、独・ZDFでも紹介された。「九州の豚骨ラーメンが最強」を掲げる「RAMEN WONK KYUSHU」主催。

これが、謎多き「博多 元気一杯!!」ワールドの入口。

表にかかる小さなバケツが営業中のサイン。外から中をうかがい知ることはできず、独特な雰囲気が漂っています。スーツケースを引く観光客、出張者がタクシーでも続々と訪れるなど、博多を代表する名店
表にかかる小さなバケツが営業中のサイン。外から中をうかがい知ることはできず、独特な雰囲気が漂っています。スーツケースを引く観光客、出張者がタクシーでも続々と訪れるなど、博多を代表する名店

「看板、暖簾もなく、店先に出るバケツが営業中の目印」。これが基本情報。実際に同店でラーメンを体感された方、ウワサは聞いたことのあるという人も多いでしょう。この「博多元気一杯!!」。博多観光では外せない、いわゆる王道の豚骨ラーメンの一店なのですが、他店とは少し立ち位置が違います。皆が愛着をもって語るウンチク、思い出話がとにかく多く、言うならば“福岡ラーメン界の都市伝説”的な存在。福岡県・飯塚市にある「来来」(参考:「豚骨注入!」「私的来来論〜飯塚「来来の嗜み方」)などと同じように「誰かにしたり顔で教えたい、連れていきたい!」。そんな魅力をもった店です。

魅惑の“純白スープ”
魅惑の“純白スープ”

かつての「博多元気一杯!!」は以下のようなウワサが先走りしていました。「スープから飲まないと退店させられる」「卓上の高菜を先に食べてもまた然り」。ゆえ皆一様に背筋を伸ばし、程よい緊張感をもって黙々と啜っていたものです。そもそも看板がないので屋号も「博多元気一杯!! と言うらしい、、、」。そんな感じの店でした。

スープから飲むことを義務と感じてしまう、いわゆる怖いもの見たさの客と、スープから吟味したいと自然に思っている古参の常連客との間で温度差があり、議論が巻きおこったのは事実。今こそ、レジェンド「博多 元気一杯!!」をしっかりと理解し、魅力を深めるため同店の沿革、店主の真意を記しておこうと思います。最後の「元気一杯!!私的あるある」までチェックして、今も変わらず最高に美味しい豚骨ラーメンを啜りに行ってください。

【博多 元気一杯!! を楽しみ尽くすべし】
(1)かつて退店者続出。「スープから吟味したい人だけが訪れる店」
(2)“純白”の豚骨スープの魅力
(3)スパイシー「カレー味替え玉」とは?
(4)「博多 元気一杯!!」私的10の“あるある”

(1)かつて退店者続出。「スープから吟味したい人だけが訪れる店」

出てきて真っ先にスープを啜る至福の時間。賛否両論はありますが、単純に「スープから飲みたい人」だけが集まる店というのが原点
出てきて真っ先にスープを啜る至福の時間。賛否両論はありますが、単純に「スープから飲みたい人」だけが集まる店というのが原点

「博多元気一杯!!」の魅力を伝えるにあたり、まず“なぜに看板がないのか”という点と、2017年ごろまで続いていた“スープから飲まないと退店させられる”という語り草について僕自身の経験をふまえて記しておきます。現在は変わり、肩肘張らない店になっているので昔話として読んでください。ラーメンの美味しさは健在です。

この方が「博多 元気一杯!!」店主の土井一夫さん。怖くないですよ。とても気さくな方です。20年前も今も自身のラーメン論は一貫しています。「ラーメンは自由!」
この方が「博多 元気一杯!!」店主の土井一夫さん。怖くないですよ。とても気さくな方です。20年前も今も自身のラーメン論は一貫しています。「ラーメンは自由!」

店主は土井一夫さん。1999年に博多区・下呉服町の裏通りに同店を開業しました。土井さんはそれまで飲食関連の仕事をしていたもののラーメン歴はゼロ。固定概念にとらわれず自己表現できるジャンルとしてラーメンを選び、独学で味を作り込んでの出店。開業して1、2年は鳴かず飛ばずで、実はこの時期は一般的なラーメン店と同じく表に看板を掲げていました。それが「博多 元気一杯!!」(息子の元気くんに由来)の原点。「もうね、売れないから辞めようと思って先に看板だけ外していたんですよ。そしたら当時はあまり多くなかった常連さんたちが、どうしたと?っという感じで続々と入ってきてくれて。それからですね。何よりこの常連さんたちを大事にしなければと強く感じるようになりました。私の思いも含め既に“分かってくれている”人たちだけにラーメンを作るんですから、もう看板はいらないですよね」と振り返る土井さん。つまり当時、一見ではなく、常連や、その紹介客だけをターゲットにしたというわけです。ここで声を大にしたいのが、土井さんが「スープから飲むように」とルールを課したというよりも、あくまで「スープから飲みたい」という嗜好の常連が集まっていたということ。類は友を呼び、客が客を選ぶ。「常連さんが気持ちよく過ごしてほしい」。スタートは、ただその一点でした。ちなみに、表のバケツは灰皿として置いたもので、いつしか営業中の目印と言われるように。赤、ピンク色を経て現在の青いバケツは3代目。大きさも小さくなっています。

3代目のバケツ。最初は大きな赤いバケツでした
3代目のバケツ。最初は大きな赤いバケツでした

僕自身が初めて訪れた2002年にはすでに人気店となっていて、「スープから飲まないと、、、、」もまことしやかにささやかれていました。ケータイ、撮影、読書、キョロキョロすることも禁止。厨房の奥から土井さんがラーメンを作りながら、店内の様子を鋭い眼差しでチェックしていたのを覚えています。来店しても、大きく掲げている“お断り”を見て、「自分には合わない店だ」と、ラーメンを食べずに退店する客も多くいました。

かつての“お断り”を特別に見せてもらいました(注意書きではなく、あくまで“お断り”)。「スープから吟味したい人」のためであることが分かります。常連が気持ちよく過ごせるよう。秩序を守るためとの思いです
かつての“お断り”を特別に見せてもらいました(注意書きではなく、あくまで“お断り”)。「スープから吟味したい人」のためであることが分かります。常連が気持ちよく過ごせるよう。秩序を守るためとの思いです

そんな店だったものですから約20年前の僕自身、当時連載していた雑誌に載せるべく最初に土井さんに取材を申し込んだ時は、それはもうド・緊張。しかも当時は基本的に取材拒否店。ダメもとでお願いすると「正確な場所を記さなければ書いてもいいよ」と土井さんが優しい口調で言ってくれたのを覚えています。

それまでは失礼な話、こんな変わった店をやっている店主なので超頑固な怖い人だと勝手に思っていました。でも実際話してみると、すごく温かみのある方なんですよね。ブレのないラーメン観を持っていて、何より常連のことを第一に考えています。

今回改めて土井さんに聞いた話も昔と変わらず、一貫していました。「しっかりとした素材で出汁を取った味噌汁、その他のスープ料理もまずは、『どんな味がするんだろう』ってスープから飲みませんか? コーヒー好きの方もこだわりの豆で淹れたら、まずはそのまま味わうでしょう。それと同じように元来ウチの常連さんは“ラーメンもスープから吟味したい”って人だけだったんです」。

初めての客に当時アナウンスしていたこと。「まずはスープを吟味することを好む人だけが利用できる専門店を作ってほしいという多くの要望にお応えさせていただいております」。土井さんの真意を知ると深く頷けます。
初めての客に当時アナウンスしていたこと。「まずはスープを吟味することを好む人だけが利用できる専門店を作ってほしいという多くの要望にお応えさせていただいております」。土井さんの真意を知ると深く頷けます。

この“スープから吟味したい人”について土井さんはさらに付け加えます。「“スープから吟味したい人”とは“スープこそ命と考える人”。まずはスープを味わい、甘味や塩味などの“五味”を自分のセンサーにかけ、美味しいかどうかを判断する人たちです。その他には、麺、具材に重点を置いた“食感派”の方もいれば、“満腹感”に重きをおいている方ももちろんいらっしゃいます。私はスープで“美味”、つまり“美しい味”を表現したいだけなんです。」

“スープ命派”か“食感派”か“満腹感派”か。なるほど。土井さんは、先の“お断り”にもあるように、スープから味わいたい嗜好の人のみに向け、看板もかけずに営業してきたわけで。食べ手の方もそれを理解し、「自分に合う店かどうか」を改めて問う必要があると思います。

土井さんは独特の言い回しで、自身のラーメン道を説明します
土井さんは独特の言い回しで、自身のラーメン道を説明します

そ、いえば、奥様がラーメンを運んでくる時に「スープからどうぞ」と声がけをしていて、都度ドキッとなったのを思い出します。「料理を出す時には『熱いのでお気をつけください』とか、アイスであったら『溶けないうちにどうぞ』とか、サービスする方はお客様にちょっとしたお声がけをするでしょう。『スープからどうぞ』っていうのも、そのような言葉と同じです」とひょうひょうと話す土井さん。うーむ、なるほどですね。当時は震え上がって「はい! スープから飲みます!!」って感じでした(笑)。

繰り返しになりますが「博多 元気一杯!!」は、いまは上記で紹介したような縛りは基本的にはありません。スタイルチェンジ(というか“原点に戻ったという方”が正しいのですが)した理由は最後に触れます。

(2)“純白”の豚骨スープの魅力

ラーメン(850円)。とにかく“白く”て“クリーミー”!
ラーメン(850円)。とにかく“白く”て“クリーミー”!

白い! クリーミー!! これが「博多 元気一杯!!」のラーメン特徴です。しっかりと乳化したとろみのあるコラーゲンたっぷりのスープ。濃厚ながらギトギト感はありません。豚骨スープをここまで見事に乳化させるには、たっぷりの豚骨を強火で炊き込めばいい。というような単純な話ではありません。豚骨は炊き込みすぎると逆に脂とスープが分離するという現象がおこります。

スタッフの一人、米田さん。
スタッフの一人、米田さん。

100kg以上もの豚骨、豚皮、水だけを材料に、複数の釜を使い独自の製法で真っ白く乳化。土井さんは「スープをチューニングする」という独特の言葉を使います。「美味しさまで取ってしまうから」との観点で、あえてアク取りをせずに仕上げるのも特徴。アクを残し、この白さを出すのは本当にすごいことなんです。真っ白いビジュアルを保つため、ラーメンダレも極力色のないものを選んでいます。しなやかな細麺がスープにねっとりと絡みつき、やっぱり美味しいなー(しみじみ)。

スープ濃度、粘度が高く、麺がスープを“持ち上げる”ようなとろみがあります
スープ濃度、粘度が高く、麺がスープを“持ち上げる”ようなとろみがあります

(3)カレー替え玉とは?

「博多 元気一杯!!」はカレー味替え玉も名物
「博多 元気一杯!!」はカレー味替え玉も名物

「博多 元気一杯!!」には、「カレー味替え玉」という変わり種メニューがあります。実は、豚骨スープとカレーは相性が良く、カレーラーメン、逆にトンコツカレーなどのメニューを見かけることはありますが“カレーの替え玉”というのは福岡では類をみません。「特にこだわってないですよ。カレーとラーメン、皆さんどちらも好きでしょ」と、土井さんは笑いながら話しますが、これが本当においしい、おもしろい!特徴としては、カレーソースがなめらかな舌ざわりであること。具材は溶け込んでいて、キメが細かく、まろやかなソースだけになっています。そして程よくスパイシー。

「カレー味替え玉」(250円)。1ボウルを豚骨スープに投入して完成するようにカレーソースの量が調整されていますので、シェアせずに1人1玉がおすすめです
「カレー味替え玉」(250円)。1ボウルを豚骨スープに投入して完成するようにカレーソースの量が調整されていますので、シェアせずに1人1玉がおすすめです

キュートな女性スタッフも麺場をこなします
キュートな女性スタッフも麺場をこなします

店主の土井さん(左)と筆者(右)
店主の土井さん(左)と筆者(右)

約20年前、僕が駆け出しのラーメンライターだった頃、恐る恐る土井さんにご挨拶したのを思い出します。土井さん、いまも元気で若々しいですね。数年前、現在のスタイル(より気軽な店)に舵を切った理由については。「“変えた”というより、創業当時“元に戻した”という方が正しいですかね。一番最初はいまのような店でしたから。その後、“スープから吟味したい”という常連さんの要望に寄り添っての変化でしたが、同じく年齢を重ねたその彼らから“ある程度時代に合わせていっては”という提案がありました。確かに平成生まれの人たちも30代になり、ニーズに合わせていかなければビジネス的に難しくなるでしょう。ただそれだけの理由です」(土井さん)。

今も昔も土井さんは理路整然と話します。そしてよく口にするのは「何もこだわってないですよ」。

(4)「博多 元気一杯!!」10の“あるある”

最後に、私的「博多 元気一杯!!」10の“あるある”をまとめておきます。これらも同店の魅力が増す要素だと思っています。歴史に思いを馳せ、ぜひ“スープから吟味”してください。

(1)1999年創業。当初は看板も掲げていた。
(2)スープから飲むのがマスト(そうしたい人だけが集まる)店であった。
(3)店に掲げる“お断り”に合わず、食べずに退店した客多数。
(4)“高菜”にまつわる話も語り草。現在、高菜は廃止されている。
(5)店主の息子の名前が“元気”君。屋号の由来。
(6)スープがむちゃくちゃ白い(あえて白さを追求している)。
(7)営業中に出す現在のバケツは3代目。今も昔も灰皿として置かれている。
(8)スタッフが美男美女ぞろい。土井店主は裏方に徹している。
(9) 土井店主はシンガーソングライターの顔も持つ(10)著名人のファン多数。福岡市の高島宗一郎市長も筋金入りのファン

すべてを引っくるめて、「博多 元気一杯!!」の魅力です!
すべてを引っくるめて、「博多 元気一杯!!」の魅力です!

【博多元気一杯!!】
住所:福岡市博多区下呉服町4-31-1
電話:090-1362-4311
時間:11:00〜20:00
休み:不定休
アクセス:地下鉄呉服町駅より徒歩約7分

取材・文=上村敏行、撮影=酒井修平

ラーメンライター

1976年鹿児島市生まれ。2002年、福岡でライター業を開始。同年九州ウォーカーでの連載「バリうまっ!九州ラーメン最強列伝」を機にラーメンライターとして活躍。各媒体で数々のラーメンページを担当し、これまで1万杯以上完食。取材したラーメン店は3000軒を超える。ラーメン界の店主たちとも親交が深く、ラーメンウォーカー九州百麺人、久留米とんこつラーメン発祥80周年祭広報、福岡ラーメンショー広報、ソフトバンクホークスラーメン祭はじめ食イベント監修、NEXCO西日本グルメコンテストなど審査員も務めてきた。ラーメンライターとしての活躍はイギリス・ガーディアン紙、ドイツのテレビZDFでも紹介

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