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こっちが本当。「高血圧を下げると認知症は減り、ボケも抑制」最新論文【エビデンスで俗説を切る】

黒澤恵(Kei Kurosawa)医学情報レポーター

世の中には健康記事があふれています。皆さん関心が高いのですね。日本が長寿国なのも納得です。

しかしそのなかで「降圧薬を飲むとボケが進む、認知症の危険性が高まる」といった記事がいまだに後を絶ちません。なぜなんでしょう?以前「高血圧を下げるとボケるは迷信!」でもご紹介した通り、高血圧を下げると認知症が減ることは多くの医学研究が証明しています。今回はその証明を補強する最新論文をご紹介します。

「机上の空論」に従わないのが人体

さて、その前に。

「血圧を落とすとボケる」という見解には次のような理解が共通しているようです。

つまり「歳をとると血管が硬くなり血液が流れにくくなる。そこに血液を流そうとするから血圧が高くなる。だから高血圧は正常な生体反応だ。それを薬で下げるとかえって血液の流れが減り、脳であれば血液が運んでくる酸素や栄養が不足して認知症が進む」というものです。

一見、もっともな理屈です。でも人間の考えた単純な理屈が通用しないのが生身の体。実際、「血圧の高い人の方が、脳の血流量は少し低い」なんて研究結果も報告されているくらいです(米国国立医学図書館ウェブサイト [英語])。

「体験談」や「観察」だけでは信頼性が低い

「血圧を下げるとボケる」記事でよく見かけるのが、「Aさんは最近ボケが進んだ。よく考えると数年まえから血圧の薬(降圧薬)を飲み始めていた」という体験談。ここから「降圧薬がボケを進めた」と思わせるという展開です。

でもこれ、加齢など別の要因でボケが進んだ人が、たまたま降圧薬を飲んでいた可能性もありますよね?だから「降圧薬」が「ボケ」の原因だという証明にはなっていません。体験談だけでは因果関係は証明できないんです。

もう一つ間違えやすいのが、「ある集団で降圧薬を飲んでいた人とそうでない人を比べると、飲んでいた人たちの方がボケる確率が高かった」という観察データ。降圧薬を飲まねばならないという時点ですでに、飲まなくて良い人とは健康度に差があります。そういう降圧薬以外のファクターがボケを増やしたのかもしれません。だからこのような観察データからも、降圧薬がボケを進めたかどうか明確には分からないのです。

確実な検証方法は「ランダム化比較試験」

ではどうすれば「降圧薬」が「ボケ/認知症」に与える影響を調べられるのでしょうか?

一番確実なのは、高血圧の人を集めてきて半分に分け、片方には降圧薬を、もう半分には偽薬(プラセボ:見た目は降圧薬だが血圧を下げる作用はない)を飲んでもらい、その後、認知機能がどのように変化するかを比較する方法です。さらに分ける時には、どちらかにボケにくい人が偏るなどの人為的作為を避ける目的で、「クジ引き」を使います(ランダム化)。

このような研究は「ランダム化比較試験」と呼ばれ、「因果関係」の有無を調べられるおそらく唯一の方法だと考えられています。

今回ご紹介するのは、そのような「対照ランダム化比較試験」5つに参加した、高血圧患者2万8千人を解析した結果です(米国国立医学図書館ウェブサイト [英語] )。5つの試験はどれも、参加者を降圧薬を飲むグループ(降圧薬群)と偽薬を飲むグループ(偽薬群)にランダム化して比較しています。

掲載されたのは欧州心臓病学会の旗艦学術誌。心臓関係では世界でも一二を争うトップジャーナルです。その分、掲載される論文の信頼性も高いと言って良いでしょう。

降圧薬で血圧は10/4mmHg下がり、認知症リスクも15%低下

対象になった高血圧患者は多様で、糖尿病を合併していたり、脳卒中を経験していたり、80歳超だったりとバラエティに富んでいました。住んでいた場所も世界20カ国に及んでいます。

そして試験開始から1年後、血圧は「降圧薬」群で「偽薬」群に比べ上が10mmHg弱、下が4弱mmHg下がっていました。「降圧は脳の血流を減らすからボケが進む」理論に従えば、「降圧薬」群で認知症が増えているはずです。

しかし医学的現実は逆でした。およそ3.5〜4.5年間に及ぶ「認知症」発症のリスクは、「降圧薬」群で相対的に15%減っていたのです(0.85倍)。「認知機能の低下速度」も「降圧薬」群の方が遅くなっていました。つまり「降圧薬治療はボケを抑制」したのです

血圧を下げるとボケが抑制される理由は?

降圧薬治療がボケを抑制する仕組みにしても、実はいくつかの説が提唱されています。

例えば、「血圧が高いと気づかないうちに脳内で生ずる微小な出血が、血圧を下げると減る」、あるいは「高すぎる血圧で生成される微小血栓による血管の詰まりが、降圧治療の結果減る」(狭い血管では血圧が高いと血流が渋滞して固まりやすくなる=脳に血液が届きにくくなる)などと説明する論文があります。

さらに「高い血圧が血管壁を痛め、認知機能を低下させるタンパク除去が低下する」という発見から、「血圧を下げるとそれらの除去が促進され認知機能低下が抑制される」可能性もあるようです。

まとめ

いずれにせよ私たちが覚えておくべきメッセージは、「高血圧を薬で下げてもボケは進まず、逆にボケにくくなる」という医学的事実です。ちなみに医療機関で測定した上の血圧が「140mmHg以上」になると「120mmHg未満」に比べ、「血管が原因となる死亡」のリスクは64歳未満ならば約3倍以上に跳ね上がります(日本人5万人弱を観察した結果 [日本高血圧学会ガイドライン5頁] )。根拠の不確かな「認知症への恐れ」で降圧治療を遅らせるのは得策ではありません。

今回ご紹介した論文は英語で書かれていますが、無料翻訳サイトDeeplを使えば簡単に日本語にできますよ!

また血圧関係では以下の記事も書いています。ぜひ、読んでみてください!

【注意】本記事は最新の医学論文についての紹介あり、論文や研究結果の内容はあくまでも「論文筆者」の見解です。また論文の解釈は論者により異なる可能性もあります。あくまでも「ご自身の見解形成」の参考資料としてお読みください。

医学情報レポーター

医療従事者向け書籍の編集者、医師向け新聞の記者を経てフリーランスに。10年以上にわたり、新聞社系媒体や医師向け専門誌、医療業界誌などに寄稿。近年では共著で医師向け書籍も執筆。国会図書館収録筆名記事数は100本を超える。

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