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「革命的な変化」掃除当番や学級会ーー日本の学校の「特別活動」にエジプト人が熱視線 #こどもをまもる

山崎エマドキュメンタリーフィルムメーカー

エジプトでいま、日本の学校で実践されている「特別活動(特活)」が広まっている。特活とは、掃除や学級会、日直当番など教科以外の活動全般のことだ。「アラブの春」以降の社会の停滞を打開する人材育成の一環として、日本政府の協力により2017年に導入。わずか数年でエジプト全土の学校に広まった。エジプトの教育研究者によると、児童たちの自主性を重んじながら社会性を養う特活により、エジプト人の価値観に「革命的」な変化が起きたという。一方、本家の日本では、受験重視の傾向や教師の働き方改革の観点から、従来の活動が曲がり角を迎えている。来日したエジプト人教育者の視点を通じ、日本ならではの活動のこれからを考える。

<小学校での光景に感激>

2023年5月、エジプトを代表する10人の教育者たちが来日した。東京都世田谷区の公立小学校を訪問し、日本ではごく当たり前の学校生活を視察した。

「こういうやり方、エジプトでは考えられない」

エジプト人たちがまず驚いたのは、1年生の児童が給食を配膳する姿だった。高学年の児童の司会によってボール送りのゲームが行われた全校集会では、ルールの説明やタイムキープなどを児童たちだけでやってのける場面を、感激の眼差しで見つめていた。

「集会委員会のような子供の活動は、教師が司会などは一切いたしません」。エジプト人たちにそう説明するのは、特活研究の第一人者である杉田洋・國學院大教授だ。「日本の特徴は、勉強で活躍できなくても、こういう場で活躍することで、学校での存在感、 居場所を作るという意味もあります」

一行はさらに、児童だけで話し合う学級会や掃除を視察。参加者の1人は「今日見たのは、 子供たちを中心とすることの重要さ。だから、エジプトではシステムや手順の見直しから、より深いものへ進化させるべきだ」と話した。

特活とは、学級会、掃除、日直など、自主性や社会性を育むための教科以外の教育活動のことだ。委員会活動や、毎日の朝・帰りの会、運動会や文化祭なども含み、日本の小学校教育の根幹とも言える。これらの多くは日本特有で、エジプトをはじめ海外の教育現場にはあまり見当たらない。

<アラブの春後の人材育成に「TOKKATSU」を>

エジプトでは「アラブの春」と呼ばれた2011年の民主化運動でムバラク政権が崩壊した後、高い失業率など不安定な情勢が続いた。政府は2015年に「持続可能な開発戦略2030」を発表、その柱に「人材開発」を据えた。シシ大統領と安倍晋三首相(当時)の会談を機に、2016年にはエジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)が結ばれた。翌2017年、杉田教授ら日本の専門家と国際協力機構(JICA)との連携により、特活は「TOKKATSU」としてエジプトの学校教育に取り込まれた。

「日本式教育」に特化する小学校は51校あり、入学希望者は定員の5倍を超える人気となっている。エジプト政府はこれを100校まで増やす計画だ。このほか、エジプト全土の18000を超える公立小学校でも「TOKKATSU」が導入されている。

エジプトでは、100人を超える「TOKKATSU オフィサー」が全国の学校を周り、現場の教師らを指導している。2021年には特活の指導能力を認証する制度もできた。今回来日したのは、このオフィサーたちだ。チームリーダーのアジザさんは「児童たちが課題を解決し、自己表現しながら他者も受け入れ、自ら主体となり学校という小さな社会を作る姿は、エジプトの常識から考えると衝撃の連続です。エジプトも日本のようになってもらいたい」と話す。

<エジプトの児童たちに目に見える変化が >

もともとエジプトの教育は教科偏重で、社会性の養成などは置き去りにされてきた。1学級に80人も詰め込まれることがあり、学校は勉強させられるだけの楽しくない場所と感じる児童が大半だったという。

「日本式」として導入されたのは、学級会や日直、手洗いなどの学級指導、そして掃除。エジプトでは、掃除は社会階層の低い人の仕事とされていることから、児童にやらせるには戸惑いがあったという。合意形成をめざす学級会では、児童の間に「妥協=負け」との考えがあり、けんかが起きることもあった。

それでも、児童が主体的に行動し、問題を解決していくという特活の本質は、保護者にも少しずつ伝わり始めている。JICA現地スタッフの瀬戸口暢浩さんはこう話す。「ごみを平気で道端に捨てるような人もまだ多いエジプト社会で、特活の目的がどれくらいわかってもらえるのか不安でした。しかし、子どもたちは進んで掃除をしています。親にごみのポイ捨てを注意する子もいると聞き、人に伝えられるくらいに自分のものになっていることに驚きました」

3度目の来日というチームリーダーのアジザさんも、児童たちの変化に目を見張る。「最初、TOKKATSUのことを聞いた時は理解が出来なくて、『エジプトにもいい教育のやり方があるのに』と思っていたから、あまり聞く耳を持たなかった。私たちも研修中に携帯電話をいじったり、おやつを食べてしまったりしていた。でも今は、子供たちの変化を目の当たりにしているので、TOKKATSUの力を信じています」

<「大幸せ」と涙するエジプト人がみる「革命的」な変化>

今回の研修に通訳として参加しているミギードさんは、日本式教育の研究者だ。妻は日本人で、沖縄に住んだ経験もある。「エジプトでは以前、 生徒はただ学校にいるだけで、先生は生徒に強制的に指示をするだけだった。でも今は、子供たちには役割がある。日直当番は 時間通りに自ら行動する。日本の小学校で、日直当番が『せーの!』と声を合わせる場面を見たことがあったが、これをエジプトで見たときはうれしかった。先生や親でもなく、 同級生に協力を求める姿は新鮮。信頼関係と責任感を学んでいる証拠です」

ミギードさんは、エジプト人の価値観まで変わってきているという。「今までエジプト人はみんな主役やりたかったけど、『TOKKATSU』を入れると、『主役じゃなくてもいい。サポートでもいい。それぞれ役割があって、それぞれが大事』と思う人たちが増えている。 これは革命的で、今までのエジプトにない考え方です。だから、私たちがやっていることはエジプトの将来にとって、すごい重要なところがあります」。ミギードさんは言葉を詰まらせながら、こう付け加えた。「大幸せですね、これやってて」

<戦後教育の中で位置づけられた日本の特活>

日本では明治以来、運動会や修学旅行の教育的価値は認められていた。それがさらに進化する転機となったのは先の戦争だ。戦時中は各校に現役将校が配属され、軍事教練が行われていた。戦後、その反省として生まれた教育カリキュラムは子供主体に組み直された。やがて課外活動など教科に含まれない活動も教科と対等に扱うよう、1958年からは学習指導要領の中に盛り込まれるようになった。特活は大きな注目を浴び、保護者からの理解も得ながら日本の小学校教育の大きな柱となった。

一方、特活のあり方は変化しつつある。特活は児童の自主性を重んじるとはいえ、教師にも大きな負担がかかる。教師の働き方改革を求められると同時に、近年は保護者からも「やはり大事なのは教科」との考えが強まってきた。それに追い打ちをかけたのがコロナ禍だ。感染症対策が徹底される中、学校で最も制限がかかったのがクラスや学年をまたいで行われる特活関連の行事だ。教科の勉強以外のあらゆることが、中止や縮小となる日々が続いた。

<曲がり角を迎えた本家の今後は?>

ウイルス感染防止のための制限が大きく緩和されても、その傾向は変わっていない。2023年5月、多くの学校で運動会が実施された。ところが、コロナ渦中と同様に午前中で終了したところが多かったと報じられた。感染の危険が小さくなっても、教科外の活動がコロナ前と同じように行われてはいない実態をうかがわせた。

一方、文部科学省の2022年度教職員勤務実態調査によれば、2016年度調査に比べ、小中学校ともにすべての職種で「在校等時間」、中でも「学校行事」に費やす時間が減り、それが勤務時間の削減につながっている実態が明らかになった。特活に詳しい日本体育大学の橋谷由紀教授は「『こんな時間かかって大変なのに、なぜやらないといけないのか』という意見と、『すごく価値があるからやるべきだ』という 2つに分かれている」と指摘する。

今回の研修で通訳を担当したアマルさんは、日本で特活が縮小傾向にあることに驚いている。「私たちはTOKKATSUと言っていますが、本当は日本が持つチームワークや分かり合い、尊敬し合い、 そういったものを学びに来てるのです。TOKKATSUを無くすと、日本の特性が失われると思います」

日本の特活について、國學院大の杉田教授は「大変だけどやる価値がある」と強調する。「教育の目的は大きく言えば、幸せな人生を歩んでいける人を作ること、そういう一人ひとりの幸せな人生を許容できる社会を作っていくことだ。けれども人は結局、 一人では生きていけない、多くの人の中で生きていくしかないと思う。今、SDGsなどを含む多くの社会の問題は、恐らく人のつながりでしか解決ができない。それをど真ん中にやっているのが特活だ。これは、世界に通用する日本の自慢できる部分じゃないか」

近年、日本の教育に関して報じられるのはネガティブなニュースが多い。確かに、日本の教育は課題が山積みで、改革が必要な部分もたくさんある。いまの日本のシステムの何を変え、何を残すべきか。我々にとって当たり前すぎる光景を見たエジプト人教育者たちの「こんな姿、エジプトでは考えられない」という驚きは、日本人がそれを考える上での出発点になるように思える。

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本作品は【DOCS for SDGs】にも掲載されております。
【DOCS for SDGs】他作品は下記URLより、ご覧いただけます。
https://documentary.yahoo.co.jp/sdgs/
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クレジット

監督 山崎エマ / Ema Ryan Yamazaki
プロデューサー 金川 雄策
録音 岩間翼
編集 鳥屋みずき
カラーコレクション 佐藤文郎

撮影協力
国際協力機構(JICA) 株式会社パデコ 世田谷区立芦花小学校 日本特別活動学会 杉田洋 橋谷由紀 齋藤健二 清水弘美

ドキュメンタリーフィルムメーカー

山崎エマ(Ema Ryan Yamazaki) 日本人の母とイギリス人の父を持つ。19才で渡米しニューヨーク大学卒業後、編集者としてキャリアを開始。長編初監督作品『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』ではクラウドファンディングで2000万円を集め、2017年に世界配給。夏の甲子園100回大会を迎えた高校野球を社会の縮図として捉えた『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』は、2020年米スポーツチャンネルESPNで放送し、日本でも劇場公開。最新作では都内のある小学校の一年に密着。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かし、ニューヨークと日本を行き来しながら活動中。

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