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【アメリカは日本の特撮怪獣番組をどう見ていた?】外国で特撮ヒーロー・怪獣達が大衆人気を得た背景とは?

二重作昌満博士(文学)/PhD(literature)

皆様、こんにちは!

文学博士の二重作昌満(ふたえさく まさみつ)です。

段々と春の足音が聞こえてきて、出会いと別れを一層感じる季節となった今日この頃、

いかがお過ごしでしょうか?

さて、今回のテーマは欧米でも愛される「日本の怪獣」です!

皆様は怪獣と聞くと、どんな姿を思い浮かべますか?

ゴジラ、ガメラ、バルタン星人、ピグモン・・・日本ではたくさんの怪獣達が生まれました。

日本生まれの怪獣達。ゴジラ(中央)やガメラ(左)等(筆者撮影)
日本生まれの怪獣達。ゴジラ(中央)やガメラ(左)等(筆者撮影)

映画を観たことがある方もそうでない方も、名前だけなら知ってるよ!という方も、

たくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

『シン・ウルトラマン』(筆者撮影)
『シン・ウルトラマン』(筆者撮影)

近年では、『シン・ゴジラ(2016)』や『シン・ウルトラマン(2022)』の公開もあり、

さらには、今年11月に7年ぶりの国産ゴジラ映画の公開、ネット作品として新たなガメラシリーズが配信予定である等、日本の怪獣達はこれからも活躍の機運が高まりつつあります。

日本では子ども達はもちろん、大人にも愛されている怪獣達・・・。

「じゃあ、アメリカではどうなの?」と聞かれると、もちろん日本の怪獣達はアメリカでも大活躍しており、現在も大衆的な人気を誇っています。

そこで今回は、アメリカに焦点を当て、日本の怪獣達が現地で愛されるようになるまでの経緯について、お話をして参りたいと思います。

※「私、怪獣の映画やテレビを観たことがないわ」という皆様のために、本記事は概要的にお話をしております。お好きな物を片手に、ゆっくりと本記事をご覧頂ければと思います。

☆ゴジラとガメラってどんな怪獣?日本の怪獣達が銀幕のスターとして輝くまで☆

アメリカのお話に入る前に、少しだけゴジラやガメラが生まれた時代についてお話をしたいと思います。

ゴジラは、1954年公開の東宝製作の怪獣映画『ゴジラ』にて銀幕に初登場しました。本作は、ビキニ環礁の水爆実験によって眠っていた生物が怪獣となり、東京を破壊する内容であると共に、核実験に対する警鐘や平和への祈り等、戦後の日本を想起するメッセージ性が強かったのも特徴でした。

『ゴジラ(1954)』より怪獣ゴジラ(筆者撮影)
『ゴジラ(1954)』より怪獣ゴジラ(筆者撮影)

映画「ゴジラ(1954)」は観客動員数960万人の大ヒット。1作目の好評を得て、次回作『ゴジラの逆襲(1955)』や、米国のスター怪獣・キングコングとゴジラを戦わせた『キングコング対ゴジラ(1962)』等、ゴジラを主役とした続編が次々と製作されるようになりました。

さらに、東宝はゴジラ以外の怪獣映画の製作にも着手し、『空の大怪獣ラドン(1956)』や『モスラ(1961)』等、現在も知られる怪獣達もゴジラのヒットを受け続々と誕生しました。

このように、東宝生まれの怪獣達は映画を通じて大衆的な人気を誇るようになり、1964年(東京オリンピック開催年)にはゴジラ、モスラ、ラドンが団結して、新たなスター怪獣・キングギドラを迎え撃つ『三大怪獣 地球最大の決戦』が公開されました。本作の公開によって、これまでバラバラだった東宝の怪獣達の世界が、1つの世界に統合されるようになり、以降のゴジラ映画でもモスラやラドン達が頻繁に登場するようになりました。

※例えば、ミッキーマウスやドナルドダックは、元々は関係性のない個々のディズニー映画出身のキャラクターでしたが、ミッキーマウスの映画にドナルドダックが出演したことに伴い(1934年公開、『ミッキーの芝居見物』)、ドナルドはミッキーの世界の一員として観客に認知され、以降はミッキーの友人として彼の映画に登場するようになりました。これに似た事例が、東宝の怪獣映画にも起きていたのです。

「強いぞ♪ガメラ♪」 大怪獣ガメラ(筆者撮影)
「強いぞ♪ガメラ♪」 大怪獣ガメラ(筆者撮影)

そんな東宝の怪獣映画の台頭を受け、他の映画会社も「我々も怪獣映画をつくろう!」と、次々に怪獣映画の製作に着手するようになります。そんな時代の中で生まれたのが、ワニガメをモチーフにした怪獣ガメラでした。ガメラは、1965年に大映製作の怪獣映画『大怪獣ガメラ』にて銀幕デビューを果たし、核兵器を積んだ機体が北極の氷山に落下したことで伝説の怪獣・ガメラが目覚め、東京を破壊する内容で公開されました。

核兵器で目覚めた点や東京を破壊した点はゴジラと同じですが、ゴジラと大きく違うのはそのキャラクター性にありました。ガメラには、怖い外見とは裏腹に「子どもの味方」いう設定が与えられ、その後は彼を称える主題歌も作曲される等、「子ども達のヒーロー」というキャラクター性を持ち合わせていたのが、ガメラの特徴でした。その結果、人気を博したガメラは毎作新たな怪獣と戦う内容でシリーズ化に至るようになります。

ここまで述べてきた東宝のゴジラと大映のガメラ、各社が誇る二大スター怪獣の映画公開や、当時一般家庭でも普及したばかりであった家庭用テレビでも、怪獣達を主役とした円谷プロ製作の特撮怪獣番組『ウルトラQ(1966)』、『ウルトラマン(1966)』が放送されたことに伴い、1966年に日本では大規模な「怪獣ブーム」が発生するようになります。この怪獣ブームの発生が、アメリカを筆頭に怪獣達の国際認知の向上に影響を及ぼすこととなったのです。

アメリカで『ウルトラマン』を放送!ウルトラマンがカラー作品となったアメリカの事情とは?

このように、日本で人気を博してきたゴジラやガメラ等の怪獣映画は、その後アメリカをはじめとする海外市場へと次々に輸出されるようになりました。東宝はシリーズ第1作『ゴジラ』を1956年にアメリカで初公開したほか(作品タイトル:『ゴジラ・キング オブ モンスターズ)、日米合作という形で怪獣映画の量産に着手するようになります。一方で大映もアメリカのテレビ会社の発注に応じて『ガメラ(1965)』や『大魔神(1966)』のシリーズ化を決定しました。

アメリカ版ガメラシリーズDVDパッケージ(筆者撮影)
アメリカ版ガメラシリーズDVDパッケージ(筆者撮影)

その結果、日本からたくさんの怪獣映画がアメリカへと輸出されることとなり、日本生まれの怪獣達の名前が、現地で大きく知れ渡ることとなります。

実は、アメリカで日本の特撮怪獣映画がたくさん輸出された背景には、当時の日本政府が打ち出した産業振興策における、外貨獲得のための映画制作支援という事情がありました。日本製の特撮怪獣映画やアニメ作品は海外市場において好調な成績を収める優等生だったのです(例えば、先述した『ガメラ(1965)』を海外市場へと売り込んだ場合、当時としては異例の30万ドルという破格の価格で取引されたそうです)。

そこで、「日本からの輸出が好調な映画産業を政府が支援して、外国の市場からも収入を得ましょう!」という日本政府の方針のもと、海外市場へ売り込む(日本政府から援助を受ける)ために、各社が怪獣映画をこぞってつくっていました。

このように海外に売り込むことを前提とした政策方針は、日本でつくる作品そのものにも大きく影響するようになります。

その影響の一例が作品の「カラー化」でした。日本でカラーテレビが普及する引き金となったのが1964年の東京オリンピックですが、これ以降、国内でカラー放送されることを踏まえたテレビ番組がたくさん放送されることになります。

「そりゃあカラーテレビで放送するんだからカラーで番組をつくるでしょうよ。それと海外市場がどう関係あるの?」

・・・ごもっともな指摘だと思います。この謎を紐解く代表例なのが、円谷プロ制作の特撮ヒーロー番組『ウルトラマン(1966)』でした。『ウルトラマン』は全編カラー作品として制作され、オレンジ色の衣装に身を包んだ科学特捜隊のハヤタ隊員が、宇宙からやってきた銀色の超人・ウルトラマンとなって怪獣や宇宙人達から地球の平和を守る内容で放映されました。

ウルトラマン(筆者撮影)
ウルトラマン(筆者撮影)

『ウルトラマン』は1966年にアメリカでも放送されますが、実はこの『ウルトラマン』がアメリカ各地で放送されるようになった背景のひとつには、アメリカがテレビ業界のカラー化を急速に推進していた事情がありました。

そんな状況下で、カラフルな衣装の隊員達と銀色の超人が活躍し、さらに『ゴジラ』で特技監督を務めた「世界のツブラヤ(円谷英二監督)」が指揮を執る『ウルトラマン』は、カラー放送を推進したいアメリカにとって大変魅力的に映ったわけです。

結果、『ウルトラマン』はアメリカのユナイト社(現:United Artists Digital Studios)が商品化権込みで購入され、アメリカ各地で放映されるようになり、その後はアメリカ以外の国々でも放送されるようになりました。

海外市場販売 ウルトラマンのトレーディングカード(筆者撮影)
海外市場販売 ウルトラマンのトレーディングカード(筆者撮影)

※実は『ウルトラマン(1966)』本編にも、海外市場への販売を意識した描写が数多く確認できます。例えば、本作に登場する科学特捜隊隊員の名前はカタカナ表記(ハヤタ、アラシ、イデ、フジ、ムラマツ)にされており、国によってはハヤタをIOTA、イデはITOと名称が変更する形で登場しています。他にも科学特捜隊各国支部の外国人隊員や国際指名手配犯の登場、物語も特定の年代を舞台としていない点などが該当します(基本的には近未来であり、第26話・27話のみ大阪万博開催前の現代が舞台でした)。

また、作品放送と共に怪獣人形を筆頭とする商品展開もアメリカで実践されました。日本でも『ウルトラマン(1966)』シリーズが放送されると玩具は飛ぶように売れ、多い時で月産50万個、平均40万個の怪獣人形が玩具売り場で販売されたほか、お子様に頼まれて怪獣人形を買ったまでは良かったものの、ペギラ(ウルトラQの怪獣)とジキラ(マグマ大使の怪獣)という名前が似た怪獣を間違えて、恐縮して交換に来るお父様・お母様が多く出てしまったという逸話が残されています。

これら怪獣人形はアメリカでも発売されましたが、その中でも特に希有な事例だったのが、日系人の方が多いハワイ州。ハワイではウルトラマンシリーズ第2作『ウルトラセブン』が1975年に放送されていました。

ウルトラセブン(筆者撮影)
ウルトラセブン(筆者撮影)

番組そのものはウルトラセブン本編を英語音声にし、主題歌は「およげ!たいやきくん」でお馴染みの子門真人さんが歌った内容でした。(※当時ハワイで放送された外国の番組は吹き替えが主流でした。)

番組の放送開始に併せ、州都ホノルルがあるオアフ島内、ワイキキシェルではウルトラセブンショーが開催された他(1975年7月開催、入場料は当時価格で2ドル)、「ULTRA 7 SEVEN CLUB」という会員証もあったのだとか。※資料が少ないため、どういった用途なのか未だ不明ですが、当時の写真を拝見する限りはたくさんの子ども達の集客に成功していたようです。

番組放送やショーの開始と共に、ハワイ州ではウルトラマンシリーズの怪獣人形が発売されていました。しかも、「ハワイカラー」と呼ばれる独自の彩色を人形に施し、現地の子ども達の手に渡っていたのです。

ハワイカラーの怪獣人形、左はカネゴン。右がダリー(筆者撮影)
ハワイカラーの怪獣人形、左はカネゴン。右がダリー(筆者撮影)

「ハワイ州は日本人にとって人気観光地だから、お人形も特別扱いされたんじゃない?」

・・・と思いたいところですが、これにも「大人の事情」がございました。

というのも、ハワイカラーが施される人形は、安価な肌色で人形を形成してから、赤や青といった着色を行なう低コストでの製造方法が通例だったようです。

輸出向け故に国内での流通量も少ないことから、マニアの方にとって人気商品なのだとか。

☆その後のウルトラマンとアメリカ☆

1960年代から1970年代にかけ、ウルトラマンやウルトラセブンはアメリカへと輸出され人気を博しますが、やがてその潮流は「外国でウルトラマンをつくろう!」という形に変化を遂げていきます。アメリカのアニメ制作会社ハンナ・バーベラ・プロダクション(『トムとジェリー』の会社です)と円谷プロの提携で、1987年に『ウルトラマンUSA(英題:ULTRAMAN THE ADVENTURE BEGINS)』が放送されると、子ども向け映画において第3位の高視聴率を記録した他、日本とオーストラリア合作の『ウルトラマングレート ULTRAMAN: towards the future』がアメリカのケーブルネットワークで1992年に放送されると、こちらは初代ウルトラマン以上の高視聴率の獲得に成功しました。このような段階的な成功を経て、いよいよハリウッド制作の日米合作『ウルトラマンパワード』が1993年に製作されることとなりました。

ケインコスギさん主演『ウルトラマンパワード(1993)』(筆者撮影)
ケインコスギさん主演『ウルトラマンパワード(1993)』(筆者撮影)

『ウルトラマンパワード』終了後、アメリカでのウルトラマンシリーズの製作は約30年近くに渡り途絶えることとなります。

さて、ここまでウルトラマンシリーズとアメリカとの関係についてお話ししてきましたが、「正直、現在はどうなの?」と聞かれると、ウルトラマンシリーズは現在アメリカでも精力的に活動しています。2014年にはハワイ観光大使を務めたほか、フロリダのウォルト・ディズニー・ワールドリゾート内の「エプコット・センター (EPCOT Center)」ではウルトラマンのフィギュアが販売されていたり、2020年にはアベンジャーズシリーズでお馴染みのマーベル・コミックスとのコラボレーションが発表されました。

ハワイ・ポリネシア・カルチャーセンターにて(2014年筆者撮影)
ハワイ・ポリネシア・カルチャーセンターにて(2014年筆者撮影)

ポリネシア・カルチャーセンター( Polynesian Cultural Center)
住所:55-370 Kamehameha Hwy, Laie, HI 96762
TEL:+1 800-367-7060
公式サイト:https://polynesia.jp/(外部リンク)

エプコットセンター日本館内、フィギュア展示(2012年筆者撮影)
エプコットセンター日本館内、フィギュア展示(2012年筆者撮影)

Walt Disney World Resort
・住所:1482 E Buena Vista Dr, Lake Buena Vista, FL 32830
・電話番号:+1 407-938-9653
・公式サイト:https://disneyworld.disney.go.com/(外部リンク)

マーベル作品「ザ・ライズ・オブ・ウルトラマン」(筆者撮影)
マーベル作品「ザ・ライズ・オブ・ウルトラマン」(筆者撮影)

さらに、Netflixと円谷プロの共同製作のCGアニメ長編映画『Ultraman(原題)』(監督:シャノン・ティンドル氏)が発表される等、世界各国のクリエイター達によって、世界市場へ向けた新たなウルトラマンシリーズの発信が本格的に開始されようとしています。

私も米国本土をよく出入りしたり、ハワイでロングステイをしていたので、日本の怪獣やヒーロー達が現地でどのような活躍をしているかチェックする機会が多かったのですが、ウォルマート(スーパー)に食料品の買い出しに出掛けたらゴジラのおもちゃが棚いっぱいに陳列されていた、博物館の警備員さんに着ていたウルトラマンのTシャツを指摘されて「子どもの頃観てたんだよ!」と熱弁された等、日本のキャラクター達を通じた海外での体験談は枚挙に暇がありません。

ハワイ・ヒロハッティニミッツ店(現在は閉店。2014年筆者撮影)
ハワイ・ヒロハッティニミッツ店(現在は閉店。2014年筆者撮影)

私達にとってお馴染みのキャラクター達も異なる文化圏・生活圏ではひと味違った活躍をしているので、皆さんも海の向こうへ旅行される機会がございましたら、是非子どもの頃に大好きだったキャラクター達を探してみてください。

異なる視点から見たキャラクター達の魅力に出会えるかもしれません。

最後までご覧頂きまして、誠にありがとうございました。

参考文献
・池田憲章・高橋信之、ウルトラマン対仮面ライダー、株式会社文藝春秋
・青柳宇井郎・赤星政尚、【懐かしのヒーロー】ウルトラマン99の謎、株式会社二見書房
・染谷誓一、ぴあMOOK 円谷ぴあ、ぴあ株式会社
・講談社シリーズMOOK ウルトラ特撮PERFECT vol.37 ウルトラマンゼアス/ウルトラマンUSA、講談社
・講談社シリーズMOOK ウルトラ特撮PERFECT vol.18 ウルトラマンG/ウルトラマンパワード、講談社
・梅中伸介(verb)、用田邦憲・秋田英夫・高木晃彦(noNPolicy)、MAGAZINE HOUSE MOOK 大人のウルトラセブン大図鑑、株式会社マガジンハウス
・田野辺尚人、別冊映画秘宝 特撮秘宝 vol.2、株式会社洋泉社
・歌代沙也香・中島有里子・中澤浩明(セブンオークス・パブリシング)、「pen+ 完全保存版 ゴジラ、再び」、CCCメディアハウス
・尾崎明・黒木武大、「pen+ 増補決定版 ウルトラマンを見よ」、CCCメディアハウス
・秋山哲茂、学年誌ウルトラ伝説、株式会社小学館

この記事を読んで頂き、「海外での日本特撮やアニメ作品の展開に興味を持った」という皆様、私の過去の記事やTwitterにて、海外現地での様子や商品展開についてもお話しております。宜しければ、ご覧ください。

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Masamitsu Futaesaku Ph.D(Twitter)(外部リンク)

博士(文学)/PhD(literature)

博士(文学)。日本の「特撮(特殊撮影)」作品を誘致資源とした観光「特撮ツーリズム」を提唱し、これまで包括的な研究を実施。国内の各学術学会や、海外を拠点とした国際会議へも精力的に参加。200を超える国内外の特撮・アニメ催事に参加してきた経験を生かし、国内学術会議や国際会議にて日本の特撮・アニメ作品を通じた観光研究を多数発表、数多くの賞を受賞する。国際会議の事務局メンバーのほか、講演、執筆、観光ツアーの企画等、多岐に渡り活動中。東海大学総合社会科学研究所・特任助教。

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